「いただきます」は宗教ですか?

 

 

給食の時間に「いただきます」を言うのはおかしい。
お金を払っているのだから、言う必要はない。

そんな声があると聞きました。

 

 

まず、結論から言います。

「いただきます」は宗教ではありません。

そして、義務でもありません。

これは
“人としてどう在るか”の選択です。

 

 

「いただきます」という言葉の意味。

 

これは
「命をいただく」ということ。

 

 

私たちは、生きていくために
他の命を食べています。

 

 

野菜も、魚も、肉も
すべて元は“生きていたもの”。

 

 

それを体に取り込み、
自分の命としてつないでいく。

 

 

ここにあるのは、信仰ではなく
“事実”です。

 

 

さらに言えば、

食べ物は命だけではありません。

  • 作った人

  • 運んだ人

  • 調理した人

 

たくさんの手を通って、目の前に来ています。

 

 

「いただきます」は
それらすべてを含めて

「受け取ります」

という意思表示です。

 

 

 

では、お金を払っているから不要なのか?

 

 

 

ここが一番大事なポイントです

 

 

 

お金は
“対価”であって
“命の交換”ではありません

 

 

お金を払えば、感謝は不要になるのか?

そうではないはずです

 

 

「いただきます」

強制されるものではない。

でも、無くしていいものでもない。

 

 

これは礼儀というより感覚の話です。

 

 

 

自分が何を食べているのか。
どうやってここに来たのか。

それを感じるか、感じないか。

 

 

 

言葉にすることで、
その感覚は少しだけ戻ってきます。

 

 

 

「いただきます」は
誰かに聞かせるための言葉ではありません

 

 

自分が、自分に対して
“ちゃんと受け取る”ための言葉です。

 

 

だから、言うか言わないかは自由。

でももし、迷ったときは

一度だけ、静かに言ってみてください。

 

 

「いただきます」

 

 

その一口が、少し変わるかもしれません。