深い暗闇にはまり込んでいる時
どうやって赦しをやればいいのかさえ
分からなることがある。
最終的にいつも助けになるのは
「愛されているということを思い出すこと」。
「今」愛されている
「今までもずっと」愛されている
と心で感じた瞬間に大きく一変する。
そしていつも決まって、
「暗闇から抜け出せない時というのは
このたった一つのことを忘れているだけだ」
と、とても素敵な心の状態を感じながら思う。
だから、
「愛されていると思い出そう」
ということを思い出した時が 赦しの時
私はそう感じているように思う。
赦しが
形の上でのアクションになり
頭での理性の判断になり
聖霊を何か外の形のようにしているとき
たぶん暗闇で自分で頑張っている。
もちろんそれも計画の範囲内のことであり
失敗しているわけではなく
思い出す練習の一つの過程なのでしょう。
それを最終的に救うのはいつも
「愛されているという実感」
というただ一つのこと。
God is Love の一言。
「聖霊を愛の存在として」というフレーズの意味を
体験しているようにも思える。
何度も、何度も
愛されていると思い出すこと。
愛されているからこそ、
愛を持っているからこそ、
愛を与えることが自動的に起こる。
自動的な愛だけが本物。
持っているものしか与えられない。
だから愛されていなければ愛せない。
愛に手が届いたように感じる時は
「愛そう」が先ではなく
「愛されている」を先に大事にしたい
といつも思い出します。
