お金は確かに必要で、

でもそれが自分を幸せにはしないと

誰もが分かっている。

 

たくさん持っていれば

とりあえず安心できる。

 

減れば安心ではなくなるし本当に困る。

 

でも幸せなのとは違ってただの保険。

 

 

 

ということが理論的に分かりつつも

お金に関する実践は本当に難しい。

 

お金と健康の問題は、誰にとっても根深い。

 

 

 

それで、よくある辛く感じることの一つに

「過剰な要求と思われる金額を払う」

というのがある。

 

これまで何度か体験して、

形の上では赦しの実践をしてきた。

 

どうにかして赦しを適用して、笑顔で支払ったということだ。

 

ただ、心からは笑えていなかった。

 

 

 

でも今少し、心の芯でわかった。

 

今はこれに困っていないから

どうして急にこれが浮かんだのか分からない。

 

でもとりあえず書き留めておこう。

 

 

 

「払う相手は神」

 

トイレから出ようとして

突然浮かんだもの。

 

 

 

笑えた。

 

 

 

そうなら

まったく「支払う」という感情が湧いてこない。

 

神のものが神の手に渡っただけなら

多すぎるも少なすぎるもなく

悩みようもない。

 

ただ、

お金がある場所が

移動したようには見えている。

 

そう考えていくと、

私から減ると考えることがおかしくて

私に増えるというのもおかしくて

おかしいどころが、

「もともと自分のものじゃないのに、

何言っちゃってるの!」

と恥ずかしくなった(笑)

 

また、エゴのものではないけれど

すべてが不足なく"私"のもの、みんなのものとも言える。


ただその計画もコントロールもできないというだけだ。


そして、とても安心して、お金への恐さが減ったように感じた。

 

 

 

もちろんお金も幻想なのだろうけれど

とりあえずはこの幻想をどうにかするには

わかりやすかった。

 

 

 

これらもみんな昨日から気にかかっている

「すべての人を神だと思いなさい」

から派生している。

 

この言葉、本当にすごいな。

 

なんでも解決してしまう。