私も流産経験者です | 赤ちゃんの通訳・おかあさんの応援団長 助産師 長沼知子

赤ちゃんの通訳・おかあさんの応援団長 助産師 長沼知子

現役の助産師。
不妊や流産を経験し、その後3人を産み育てています。
現在は、赤ちゃん訪問・母乳育児相談をしています。
話すと、スッキリしましたと言われます。
いつも頑張って育児しているおかあさん達の味方です!

助産師 すみやんです。


ベビマセラピスト 柿沼りえさんから飛んできた方もいるかもしれない…ということで、


私のお話をしようかと。




2005年のことなので、6年前になります。


私は初めての妊娠でした。 しかも双子…。


妊娠がわかった時、しかも双子だとわかった時、すっごく不安でした。


私に双子は育てられるのだろうかって。


つわりもそこそこ辛くて、寝ている日が続きます。


こんなにつわりってつらいの?と経験して初めて分かることも…。


お腹も出てきて母になる喜びも感じてきました。


妊娠4ヶ月後半になるとお腹が張ってきました。



しかし、自覚がないんですよね。   わからないから。


助産師なのに、わからなかった。


心の不安は続いていました。



健診で、2人の姿を見たり、心音を聞いたりすると、徐々に気持ちが固まってきました。


「よし、2人のお母さんになろう!」


そう決めて間もない妊娠6ヶ月(20週)に入ってすぐ、異変が起きました。


明け方、お腹が痛くて目が覚め、トイレに行くとかなりの出血…。


「これはまずい」


動けないほどのお腹の痛みが襲って来ました。


病院に電話して動けなくなりました。


夫に救急車を呼んでもらい、そのまま搬送されました。


即、入院でした。


子宮の入り口が少し開いていて、赤ちゃんを包む膜が見えていたそうです。


お腹の張りを抑える薬は最大限の量。それでも定期的にくる痛みと戦ってました。


なんとか「この子達を守りたい」その一心で痛みに耐えました。


そうこうしていると、熱がどんどん上がってきて、体が熱くなりました。


どうやら、子宮が何らかの菌に感染してしまったようです。


熱が下がるように抗生剤の点滴などしましたが、効果は出ませんでした。


入院して2日後のの夕方、先生に


「このままではお母さんの体が危険だし、赤ちゃんも辛いから、残念だけど…。」


と宣告され、辛い決断を余儀なくする事になりました。


それから間もなく、お腹の張りを抑える点滴は何も薬が入っていない液体になり、


どんどん強くなってくる張りと過ごしてきました。


一応分娩台に乗ってお産(?)することが出来ました。


20週4日とわずかの命とさよならしました。


原因は「頚管無力症」とのことでした。


思い返すと本当に辛い経験でした。



でも、私にはこの経験が人間的に成長できた経験だと、今は思えます。


その後のことはまた改めて記事にします。