今日は日菜詩が生まれるまでの
お話をしようかと思います



日菜詩がお腹におるのが分かったのは
2014年の夏でした



この時は正直嬉しさよりも、
ただただ不安の方が多かったです

知ってる人も多いと思うけど、
あたしその前に流産してるんです。
胎児ネームは、その時大好きやった
羽生君から取って『ゆずる』でした。
ゆずるって名前なら男でも女でも
いけるよねーってよく話してた

結婚して2年で待望の妊娠やったから
めっちゃ嬉しくって嬉しくって
毎日がワクワクしてたなあ



でも、そんな幸せも中期に
入る前日で終わってしまった。
突然の出血。
破水。
びっくりするよね。
お母さんに泣きながら電話して
救急車も自分で呼んで、乗って。
診察受けて流産って言われて、
初めてちゃうかな。。
声出して泣いたん(ノ∀`;)
悔しくて自分責めたよねー

あれが駄目やったんちゃうかー
あの時にあれをしてなかったらとか。
その後も消毒とかで、
産婦人科通わんとアカンくて。
幸せそうな妊婦さん見てると、
やっぱ辛くて泣いてたなー。
そんな時に1番支えてくれたのは
旦那さん、ゆうくんでした(>_<)
どうしようもない感情を
泣きながらぶつけてしまったり、
「ゆうくんは悲しくないの!?」
なんて心無いこと言ってしまったり。
悲しくないわけないのにね。
今思えば、めちゃくちゃなこと
ばっかり言ってたなって思う。
笑うってことが罪深く思えて
心から笑うってことが出来なくて
しんどかったなあ。。
ゆずるに毎日謝ってた。
弱くてごめんねって。
守ってあげれなくてゴメンって。
その時よく聴いてたのが、
セカオワの幻の命。
とりあえず泣いて泣きまくって、
あとは時間が解決してくれるのを
待ってたかなー。
今でも毎日思い出すし、
日菜詩にも、妊婦の時も今も
お兄ちゃんか、お姉ちゃんが
おったんやでーって話しかけてる

結果的には、ばいばいしちゃったけど
お腹におった期間は家族やったし
これからもずっと忘れたくない存在。
失ってまた授かれたことに、
心の底から感謝してる。
その後に日菜詩があたしらの
ところに来てくれてんけど、
長くなるから、また今度書く

重たい話、読んでくれて
ありがとうでした



それにしても今日は寒い。。
日菜詩は膝の上で
ぐっすり寝ております



愛おしいなあ…



