ある海に、一匹の人魚がおりました。
人魚は誰よりも早く泳ぐことができて、
とても素敵に歌うことができました。
人魚が泳げば、他のどの生き物も追い付くことはできず、
人魚が歌えば、皆がほれぼれと聴きいるのでした。
人魚はたまに陸にあがることもありましたが、
陸では早く走ることができないし、
呼吸も苦しいので歌うこともできませんから、あまり好きではありませんでした。
人魚は水の中で思うさま泳ぎ、
心ゆくまで歌って毎日を過ごしていました。
人魚は生きる意味を知っていました。
ある朝、目が覚めると、人魚のヒレが二本の足になっていました。
陸にあがるときに使っていたあの二本の足です。
しかも、どうやってもヒレにもどってくれません。
二本の足では水の中で暮らせません。
人魚は泣く泣く、陸に上がりましたが、
慣れない二本足では速く走ることができません。
陸の上では呼吸が苦しくて、
歌うこともできません。
人魚は、二本の足がヒレにもどるのを待ちました。
泣きながら待ち続けました。
陸にあがってから7回目の夜がきて、空が白み始めた頃、
人魚はもう海には戻れないのだと感じました。
そして、自分は何者でもないのだと、知りました。
何者でもない人魚は、
慣れない足でゆっくりと歩き始めました。
どこまでも、どこまでも、歩き続けるのでした。