今日は父の誕生日
94歳
大正12年生まれ
この前テレビで
若い子は明治とか大正とかわからないって
そうかもなぁ
父は飛行機乗りになりたくて
本州の端っこから飛行学校へ進んだ人
どうしても飛行機に乗りたくて
近衛師団を上役に殴られながら辞めて
陸軍に入いり
終戦はインドネシアで迎えたらしい
戦争を生き抜いてきたから
私がいるわけで
ずっと
俺は50で死ぬって言ってたけど
とっくに通り過ぎ
100まで生きるんじゃね(*^▽^*)
父は
自分の息子より、姉の旦那さんより
私の夫が好きだった
夫が倒れ
意識が戻らないまま
四年間眠り続けてる間も
何度となく
会いに来てた
姉の旦那さんも
私の夫も
自分の妻(私の母)も
自分の息子(私の兄)も
見送ることになってしまった
身体の動きは鈍くなったし
物覚えは悪くなったけど
文庫本も読めるし
字幕の西部劇も観れる
薬の管理も
お金の管理も大丈夫
準備さえしておけば
自分のことは大概できる
外出は私が連れていくし
入浴時は気をつける
晩酌をするので
就寝までは
見守りをするけど
謂わゆる介護はしていない
肌が弱ってきているので
全身にクスリを塗ったりはするし
普通よりは家事の負担や
精神的負担が大きいのは事実
でも娘だもん
今日は兄の長男が
娘の高校合格の報告と
誕生日おめでとうの電話をくれた
孫たちが成人するまで生きていられるか
なんて言ってたけど
ひ孫が高校生だよ
もう
何処へ行きたいとも
何が食べたいとも思わないなぁ
と言う
身体もあちこち辛いだろう
早くお迎えが来て欲しいと言うのも
本心なのかもしれない
そんなこと言わないで
長生きして
と言うのも酷な気がして
私はいつも
まだまだこの世に必要なんだよって言う
生きているのがシンドイ
と思わず
静かに穏やかに
過ごして欲しいと、
それだけを願う
末娘です