……僕自身、思春期くらいから、この世にの人には2つのパターンがあると思いました。
それが、人になんでも「言う人」と、反対に「言わない人」です。
僕は、あまり「言わない人」です。
僕の家族は、父も母も兄も、「言う人」でした。
父はそうでもないけど、兄や母はとにかく強烈に「言う人」でした。
母は女の人だから「女はおしゃべりだなぁ」くらいに思えましたが、僕にとって同性である兄のその傾向が、幼い頃から不思議でした。
今日、こんなことがあって、〇〇が、あーだの、こうだの…。
父や母に、何でも話すんです。友達のこととか、学校とか、とにかく自分に起きたことあれこれを話す。僕が物心ついた時から、兄はそういうタイプでした。
兄が中学生になると「彼女ができた」とか、そういうこともすぐに話す。そして実際に連れてきて親に合わせる。友達たちもすぐに親に紹介する。
僕にはその行為が意味不明でしたが、自分の周りの同級生たちでも、「何でも言う人」がたくさんいて、色々と驚かされたものです。
何か尋ねたわけでもない。なのにあれこれ話してくる。
しかも別に、話にオチがあるとか、教訓があるわけでもないのに、自分の身の上話をしたがる人たち。
上のストーリーの「夫・マサヒコ」ほどでないにしろ、僕は「なんで話してくれないの!」と、幼い頃から母から何度も言われたし、友達から言われたこともあるし、大人になってそれなりに深い交際をするようになってから女性から言われたことがあります。
どうやら「言う人」というのは、世の中のすべてが自分と同じだと思ってるのか、
「何でも話す=良い人間関係」
と認識しているフシがあります。
だから「言わない人」に対して、「良好な関係を望んでないのか?」と勘繰るのです。上の物語の「妻・クミ」がそうです。
一方「言わない人」も、必要な話しかしないので、何でも「言う人」たちの気持ちが理解できません。
しかし大抵「「言わない人」が、「言う人」から責められることが多いのですが、何で相手が怒っているのか、よくわからないのです。
“言う人たち”は、あれこれ「言わない理由」をあれこれ詮索してきますが、“言わない人たち”は別に隠し事なんてしてないんです。
言いたくない、というわけでもないんです。理由があって言えないわけでもないんです。
ただ、言わない。
だけなんです。
理由なんてないんです。
ただ、言わないんです。
わかります? この感覚。
抜粋終わり
全文はnoteにて
「言う人、言わない人」
