声にはすべてが表れるらしい。
自信、劣等感。
喜び、怒り、悲しみ。
建前、本音。

 

そして、自分のなかの深いところに眠っている、自分でも忘れてしまっているような「古い記憶の断片」までも。

 

話す言葉の内容にではない。

 

「声そのものに」、である。

 

「声色」はある程度、意図的に変えられる。

 

訓練を受けた声優などはもちろんだが、普通の人でも日常的にさまざまな声を使い分けている。

 

電話で他人と話をするときと、自分の子どもに向かってお小言をいうときに、声色が同じ人はまずいない。

 

だが、「すべてが表れる」とはそんな声色さえ超えたところの話になる。

 

ところで、自分は自分の声をどのくらいわかっているのだろうか。

 

声の解放3回コースのセッションの感想のnoteです。