前回も好評だったので、
またまた
スピリチュアルな話
をさせていただきます。
ししとう
って野菜、知ってますよね?
おいしいですよね。ただシンプルに焼いて、
生姜醤油と鰹節とかふりかけて食べるのが好きですし、
天ぷらも美味しいです。
ただ、時々、
激辛
のシシトウがあります。
「当たり」
と、激辛シシトウを食べても笑えるようになったのは、大人になってから。
幼稚園児くらいの頃に、辛いししとうが“当たって”しまい、泣いたことがあったので、
大人になるまで(お酒を飲むようになるまで、かな。お酒にピッタリなんですよね)シシトウって野菜を好きになれなかったです。
さて、僕が20代の頃、串焼き屋さんで働いていました。
シシトウはメニューにありますが、やはり時々「当たり」があります。
お客さんで、辛いものが苦手な人だと、涙を流します。まあ、ゆるいアットホームな店なので、笑い話になりますけどね。
でもこれ、
好きで辛いものを出したわけじゃないんです。
だって、
見た目ではわからないんです。
どれが辛くなくて?
どれが辛いか…?
判別は不可能です。
毎日串に刺して焼いている我々「プロのシシトウ扱い」でも、
まったくもってわかりません。
だけど、これをわかる人がいました。
近所の八百屋さんです。
そのお店は、オフィス街から一本路地に入った場所にある、
おじいちゃん2人でやってた(兄弟らしい)、
とても小さな八百屋さんでした。
場所は港区です。
もう20年以上前の話です。
(数年前に通りかかったら、そのお店はなくなっていました)
当時ですら「どうしてこんなところに?」って感じで、
明らかに周囲から浮いてました。
そこのおじいちゃんの、背の高い方のおじいちゃんは、
毎日買い物に行くので、けっこう仲良くなりました。
色々と注文ができ、融通が聞くので、
シシトウを買う時、
「辛いの入ってないやつで」
と言うと、
シシトウのパックを手に持って、ぐるりと見渡し、
「これ、辛いの入ってないから」
と言って、くれるのです。
でも時には、
「一本あるけど、そんなに辛くない」
「今日は三本くらいあるな。これしかないんだよなぁ」
とか言うのですが、
その通りなのです。
毎回、そうなんです。
当時20代の僕はもちろん、店の店長や、年配のスタッフも、
「まったく違いがわからん…。何でわかるんだろう」
と、みんな不思議がってました。
ちなみに後から聞いたところ、
辛いししとうを見つける術はないそうです。
強いて言えば、形が悪いとか、先が尖ってると辛い可能性が高い、
と言われてますが、それもアテにならないし、
そもそもあまり形の悪いものを、八百屋さんにおいてませんでした。
シシトウの他にも、
「うん、こっちの方が、ホクホクだよ」
と美味しいカボチャを教えてくれたり、
彼が漬けた糠漬けも、とてもおいしかったです。
ちなみに、もう1人のおじいちゃんは、やや無愛想だったり、
そういう融通の効かないタイプでした(だから主にその人は配達専門でした)から、
あまり会話をしたことがないですが、
一度「かぼちゃはホクホクのを」言ったら、
一応探してくれたけど、
もらったカボチャはべちゃっとしたタイプでした…。
世の中には新鮮な野菜を見分ける人はいます。
しかし辛いシシトウを見分けるのは、一体どういうことでしょう?
きっとそのおじいちゃんは、
何十年も、毎日毎日野菜に触れて、扱ってきたことで、
何か、野菜と通じるものを得たのでしょう。
しかし、
本人はそれをさほど特別だと思ってません。
ある時、
「なんでわかるんですか?」
と尋ねたことがあったんですが、
「え?うーん、見りゃわかるだろ」
と言われました。
「まあ、まだ兄ちゃんは若いからな。その内誰でもわかるよ」
とも。
若さや経験値はもちろん関係あるけど、
多分、そういうことじゃないでしょうね。
さて、というわけで、
今回のスピリチュアルな話、いかがでしたか?
このおじいちゃんを、
僕はとてもスピリチュアルな人だと思います。
その八百屋のおじいちゃんは、
水晶のブレスレットもしてませんし、
ヘンプの衣服とかまとってませんし、
龍とか天使とか見えませんし(多分)
死んだ人とも話せませんし(多分)
人の過去生もわからないでしょう(多分ね)
そういうタイプの人ではなく、
とても現実的な感じでした。
(神棚があって、どこかの神社のお札はあったなぁ…)
でも、
とてもスピリチュアル(霊性)を生きてる人ですよ。
だって野菜の声が聞こえるんです。
それは「私、石と話せるんです〜」とか言ってる、
勘違い妄想癖ではなく、
本当に、野菜と通じ合っていたんだと思うのです。
ポイントは、本人は気づいていない。
それを何一つ特別なことだと思っていないから、
自分を特別だと思ってもないし、
だから当然、
驕ってない。
とても謙虚な方でした。
ただ真っ当に、彼は目の前の仕事をしていた。
日々の暮らしをこなしていた。
とても、スピリチュアルなおじいちゃんだったなと、僕は思うのです。

