悟りへの道 その1
ある探求者が、
さる小島の祠に行き、瞑想をして悟りを開き、宇宙と一つになりました。
彼はその後僧侶となり、たくさんの人々の心の迷いを救いました。
ある修行者がやってきて尋ねました。
「あなたがそのような境地にたどり着いたのはどこですか?」
覚者となった僧侶は、小島と祠のことを話しました。
それを聞いた修行者は、
「その小島の祠で瞑想をすれば悟れるのだ」
と思いました。
質問した彼自身ももちろん島に行きましたし、
周りの人に「あの島で瞑想をすればマスターになれる」
と言いふらしました。
口コミでその噂は広まり、
その小島には、
悟りを開きたい人たちがたくさん押し寄せました。
ある人は「すごいエナジーを感じる!」と言いました。
ある霊能力者は「この島には神が住む」と言いました。
ある修行者は「天啓を得た!悟りを得た!」と言って、教祖のようになりました。
もちろん「何が違うんだろう?普通の島だよ」という人もたくさんいました。
また修行者が覚者を訪ねました。
「あの島で、私は悟りへの道に近づいたと思います!」
若い修行者はそう言いました。
そして覚者はこう言いました。
「え?わしが行った島は、そこじゃないんだけどな…」
それを聞くと修行者は、
「そうか!じゃあその島へ行けば悟りを開けるのですね!」
と言い残し、島へ出かけた。
悟りへの道 その2
ある老師がいました。彼は手をかざしただけで痛みに苦しむ人の体を楽にし、
人の悩みを聞けば、話を聞くだけで、その人の悩みは解決しました。
老師自身も、いつもニコニコとして、穏やかで幸せそうでした。
「私も老師のようになりたい!」
と、弟子にしてほしいと、たくさんの修行者がやってきました。
しかし、老師は特別教えを伝えることはありませんでしたが、
「好きにせい」
と言うので、修行者たちは、老師の近くで住み込み、修行しました。
目的は老師の「悟りへの道」の技を盗むためです。
老師は、朝早く起き、身の回りのことをして、掃除をし、食事をし、庭作業をして、
時折、悩み相談しに来た人の話を聞く。
晩酌にお酒をいっぱいだけひっかけ、夜は早めに寝る。
その繰り返しでした。
しかし、弟子志願者の修行者は見ていました。
老師は毎朝、体操をしていました。
腕を回し、膝を曲げ、足首を回す。
毎日毎日、老師はその体操をやっていました。
修行者は思いました。
「あの体操をしていれば、老師のような境地になれる!」
修行者はその体操の順序を絵に描き、
「真理と一つになる体操」
と名づけ、自身も毎日行いましたし、それを知った人たちも、
こぞって叡智を会得すべく、体操に励みました。
「これを千日続ければ、覚醒できる」
「これを10年休まず続ければ、悟りが訪れる」
彼らはそう信じて、雨の日も風の日も、体操をしました。
老師が朝やる体操を、朝昼晩、なんなら一日中やる者もいて、体を悪くする者もいました。
しかし、老師はある日、体操をやめてしまいました。
若い修行者が、理由を尋ねると、
「ん?最近肩が痛いからやめたんじゃ。それに、毎日同じ動きで飽きたし」
と言った。
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さて、上の二つの例。
彼らは、偉大な師匠がやったことと、
同じことをすれば、
つまり、「やり方」で、
師匠のようになれると信じて、
島の祠に行ったり、
体操をしますが、
彼らは、師と同じ境地に立てるでしょうか?
先に答えを言うと、
絶対に、無理です。
絶対に、です。
理由は、
ご自身でお考えください。
反論があったら、ご自由に。
何も答えませんけど。
