いい意味で「あきらめる」ってあります。
もう、ジタバタしない、
思うようにいかないことは手を放す、
コントロールしようとしない、
なんとかしようとしない、
解決しようとしない、
いわゆる、手放す、みたいな感じです。
でもね、
履き違えたらあかんのは、
内側もあきらめる、ってことじゃないよ。
投影された外側を、なんとかするのをあきらめるのであって、(投影だから、なんともできない)
映し出してる元、内側はこつこつと整えることはやっていくんだよ。
これをあきらめちゃったら、ずっと、ずっと、外側はそのまんま。
外側を変えたいなら、そこはさっさとあきらめて、
内側をせっせと整える。
内側を整えるって、
思考が思い込みからゆうてくるジャッジなんかに乱されても、ただ、そのままにしておく、
そして、過ぎ去るのを待つ。
ごちゃごちゃしなければ、そこに意識を向けてエネルギーを注入しなければ、
時間とともに去っていく。
そして、また、安心安全な自分の中に浸って、心地よさを取り戻す。
内側が心地よくなれば、見える世界も心地よいものになる。
だから、内側の心地よさはあきらめないで。
それを10年かけて、少しづつ、腹に落としてきた気がする。
そして、体感してきた気がする。
私はこれを伝えたい。
