めちゃくちゃええ人なのに
裏切られてばかりいる人がいます。
傷つけられてばかりいる人がいます。
なんで同じことが
また、似たような案件が起きるのでしょうか。
そのお話し、裏切られた、傷つけられたとする人から聞くとしますね。
タチの悪いのは聞いてる人が同調して終わることです。
えー、そうなの?かわいそう
とか
えー、ひどいねぇ。大変だったね。
聞いてる人は聞き流せるのかもしれない。しかし信頼してるから、そんな話を話されるわけですから、裏切られたお話を、腹立つ話を同調して同情しながら聞いてあげることで、その話しは、その人がかわいそうな側の確信的な話としてしまうのです。
ワタクシの場合、
「それは腹立つわな」
「そんなことが?」
「あかんがな」
と、お聞きしますが、絶対に一方の味方だけをしません。
「しかし、それを言うならあなたもな」
「前も言うてたで。その話な。多分、それもあなたの癖やで」
「そんな年になってまだ言うてたらあかんな」
「まぁ、あっちにも同じ分量言うから言うけどな」
対人関係は合わせ鏡です。
ワタクシの人生でもだいっきらいな人います(笑)
では、それほど嫌なら近づかなければよいだけのことです。
見ない触れない触らない近寄らないテリトリーに入れない。
しかし、同じコミュニティにそんな人がいたり
同じ仕事をしているとか、夫婦だとか、家族だとか言うならば、それはもう乗り越えるしかない。
聞く側は、双方の話を聞かなければわからない。
一方の話を聞いて、相手の悪口を一緒に言ってるほうが一見、味方には思われるけど、必ずそこに聞いた自分、同感する自分にも学びがあるべしと思うこと。
悪口を言ってる人同士は仲良くなるのです。
楽しいのです。お酒もはずむ(笑)
誰の味方も過剰にしない。
その気持ちは理解しても同調しても聞くならそこで終わらせない。
単に調子の良いその場でのわかったような人気取りしない。
で、そこを一貫すると悪口が耳に入らなくなります。人の悪口や愚痴や不満を聞いて頼られているとか好かれているなどと誤解してはいけない。そんな人は場面を変えて自分のことも言ってます。
淡々粛々と対人関係も整えること。
それには心身の鍛錬しかないとつくづく思います。経営者、管理者というのは孤独なものなのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
































