かたます編み♪歴史の大渦250年前の7月21日 |   ニットカフェ 千編工房 (ちあみこうぼう)

  ニットカフェ 千編工房 (ちあみこうぼう)

東京発。
手編みニットのある暮らしを手作りでお届けしています。
初の「かたます編み」(かぎばり)&北欧ノルディック編み(棒針)の応用作品。
初の「ご贈答パン」は全く新しいアプローチと配合です。

正確には249年前

こんにちは

ニットカフェ千編工房の

ままごと師です

 

富士山は見えません

 

ちょっと涼しかったけど(汗)

 

昨日の続きです→

 

適当に編んでますけどw

ある一定の規則は必要かな^^

 

7月21日とか言ってます

 

今読んでいる本が

「オスマン帝国衰亡史」

アラン・パーマー著

もちろん翻訳本です

その中に

ちょうど今から249年前の

7月21日のくだりがあって

まるで

デジャヴ的

(ちょっと違うかな^^)

 

1774年7月21日

ブルガリアの小村

キュチュク・カイジナルで

トルコVS露の

和平条約が締結された

(当時の)

オスマン帝国は

クリミア半島と

タタール大草原の宋主権を放棄し

独立を承認

(その9年後ロシアに吸収される)

さらに

アゾフ港の譲渡だけではなく

黒海沿岸の一部も

露に引き渡した

露ははじめて

トルコから

黒海を自由に行き来できる権利を

勝ち取った

 

露がエカテリーナ女帝の時代に

トルコの周囲でうだうだの

国盗合戦の中から

いち早く軍事的に成功をおさめ

「得意の外交」で大きな譲歩を

引き出した出来事

 

現在、有名になった

ドニエプル川

へルソン

オデッサ

等々は全て当時は

オスマントルコの統治だったわけです

 

もちろん

ウクライナという「場所も」

当時から

存在していましたよ

 

それから幾度かの

世界大戦を経て

世界地図は常に

大きく塗り替わり

 

ウクライナは国としては

極めて新しい国なのです

 

「ウクライナ」を

2014に

乗っ取って

いいように利用し

代理戦争をさせている

現代の

「オスマントルコ」

(どこ?)

露は

闘っていると

みるのが

筋が通るきがしますけどね

 

ものすごい、歴史の蓄積の果て

結局「戦争」か・・・と

ちょっと

へこみますが

 

行き当たりばったりに

個人的な「独裁者同士」が~~

やったから

やりかえしている

みたいな論調は

ちょっと

いただけませんね

 

 

このかたます編みのレースは

目が多そうだったら

減らして

編みにくそうなら

止めて

超適当

通常ならいただけませんねw

💡

 

 

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