「こんなに好きなのに、
本当に意味があるのかな」
そんなふうに大切なものを疑ってしまうこと、
ありますか?
𓇼
私はずっと、歌うことが大好きでした。
今も本当に本当に大好き
でも、歌っても歌っても、
学んでも癒してもなぜか消えない感覚があった。
無力感、無意味感
どれだけ頑張っても、
「他にやるべきことがあるんじゃないか」
という感覚
それが、光が差したように変わった。
レムリアが崩壊したのは、
歌や舞、祈りが無意味だったのではなくて🐚
どんどん崩れてゆく現実
迫ってくるものの中で
光を見続けられ無くなってしまったことが
ポイントだったのだそうです🫧
レムリアが沈んだあのとき私は、
うたを、私を、終わったその奥まで
「信じ切れなかった。」
そのことが、
なによりもなによりも深い悲しみだった。
ちょっとでも、
愛してやまないものを疑ってしまった。
そこにやっと触れられて
やっと気づくことができた私🫧
私の中には、
ずっとこんな想いがあったのです
「もっとできたんじゃないか。」
「もっと救えた命があったんじゃないか。」
歌は無意味なんじゃないか。
でも違った
ただただ、
私が最後まで"信じきれなかった"こと。
私の痛みの根っこは、そこだった🌬️🍃
もう、私を疑わなくて大丈夫
もう、歌を疑わなくて大丈夫
祈りやヒーリングを疑わなくていいんだ
信じて大丈夫なんだ
今度こそは、最後まで信じたい
でも、信じられない時もあっていいと
抱きしめて
ゆるせた
それがとっても大きい𓂃𓈒𓏸
そう思えたことが
本当に嬉しくて嬉しくてたまらなかった
と同時にやってきた深い深い安堵🐋
その時の傷、
抱えながら生きてきた痛みも
大好きな声で、歌でtouch therapyをするように
本当に柔らかく自分自身とつながりながら
優しく癒してゆく、
その方法を私は知ってる𓂃𓈒𓏸
手が届かない場所まで声の響きを届け
虹のように架け橋となれるような響き、
ヒーリングを知っている
私が声を届けることもできるけど
それぞれが自分の声で自分を癒し
自然に光が再びひらいてゆく方法や空気感、
流れの"感覚"もお伝えできる🪽
それを知りたい方
もう始まっていますが、
アーカイブがあり途中からでも入れます。
人の為に歌ううたも素晴らしいけれども
自分の為に歌ううたが、
どれほど豊かで感動や
幸せに満ち溢れているか感じてほしい
持って生まれた響きにしか届かない場所が
絶対にあるし、
その声を選んだ理由も必ずあるから✴︎。
まとまりない話でしたが
とにかく深い気づきと解放を感じた
今日この頃です🫧🫧
響き、香り、カラフルランチ、レイキの
幸せに包まれ"感じるヨロコビ"を
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