熱でデトックスして、なんか細胞が入れ替わったような感じがするさくらです![]()
とはいえ病み上がりですし、すぐ突っ走って無理をするさくらの傾向をみんな心配してくれているので、ゆっくりぼちぼちとまいります![]()
ところでさくらの前身「うめ」時代に書いた文章を、私さくらはとても大切にしておりまして、こちらでも折にふれご紹介していくことにしました。
アメブロ的に読みやすく改行は入れますが、この「うめ」や前のブログThe Love Awakensのスタイルこそが、私の書く文章そのもの。一文が長いという文章の癖はそのままに、そして「分かりやすさ」や「読者のニーズ」なんか関係なく、ひたすら自分の書きたいことを書いている。
本来は、というか、それが私の本質なのです。
やりたいようにやりたいし、書きたいように書きたいの。
“マーケティング”を気にした、そんな中途半端な「さくらワールド」の打ち出し方は自分でも不本意極まりないし、ここでは私が、自由に表現できる場所だということを、私は忘れてしまいたくないのです。
私は文章を書くという、ことばを紡ぐ作業が大好きで、そしてこの楽しい「ものづくり」を、とてもとても愛しく思っています。
だからこそ、自由にのびのびと書いていかないと、私が死んでしまう。
私が書いたものすべてに、私の命が宿っている。だからこそ、私は自分自身で紡いだ文章のすべてが、愛しくてたまらないのです。
というわけで、今日も書いていきます![]()
昨年、とあるイベントで久しぶりにお目にかかったジャーナリストが帰天されたと知って、最後にお話したときのことを思い出していました。
彼は政治記者の視点から、私は権力の中にいた視点から、何人かの政治家の人物像について語り合ったこと。外から見た印象、中から見た印象、それぞれが個人的に接したなかでのエピソードで、共通して見ていた美点や弱さ。
「権力」を動かす政治家を、記者としての厳しい目で見てきた人。だけど「人間」を見つめる彼の眼差しは、強面(こわもて)の印象と違って、とても温かく優しかった。私も政治家を、「権力者」としてではなく、「ひとりの人間」としての姿を見てきたから、お互いに意見交換をしながら、それぞれ異なる場所から見てきた視点が交差して、よりくっきりと浮かび上がる政治家の「人物像」と、その化学反応がとても面白くて楽しくて。すっかり話し込んでしまったのが、最後の会話になるとは思ってもみなかったけど。
そのときの私は、実際に自分が見てきたことを、世の中の人たちの関心に応える形でどのように書けばいいのか、まだまだ自分のなかで整理できていなかった。だけどその人は、「中で見てきた人の話は面白いし、説得力あるよ」と、書くことを励ましてくださった。そのときのことを思い出すと、心が温まる。そして、「もっと自分が書きたいように書けばいいじゃないか」と、とてもシンプルな思いに辿り着いた。
「何か世の中に役に立つことを書かなければ」と肩肘張らずに、私が書きたいことを、書きたいように書いていくこと。文章を書くことが大好きなのに、どこか自分全開感が不足していたのは、アメブロ仕様や「読者に役立つサービス」など、いろんなことを考えすぎて自由に書けなかったもどかしさがあったから。かたちや枠にこだわらず、とにかく私が感じたことを表現すればいい。書かなきゃ、どこにも届いてはいかない。会いたい人に会い、書きたいことを書き、やりたいと思うことをどんどんやっていかなければ。この世にいるうちに、元気でいるうちに。
帰天する前に、絶対に成し遂げたいことのひとつは、私の書いた文章が本として出版されること。これはキャリア的な野心というよりも、ライフワークをかたちにしたいという感じ。
彼女が絶対に、何があっても最後まで投げ出さなかったのは、愛することと書くことだった。
それがこの世に私が残したいfootprint。もし自分の存在がどこかの誰かの心に残るのならば、そんなふうに記憶してもらえたら、幸せ。


