第2話・中編:見知らぬ番号からの電話。暴かれた「現在進行形」のさらなる裏切り
「はい、もしもし……」
書斎の静寂の中で、私は恐る恐るスマートフォンの通話ボタンを押した。
耳元から聞こえてきたのは、健一の低い声でも、義実家のヒステリックな声でもなかった。酷く冷静で、事務的な、大人の男性の声だった。
『あし、失礼いたしました。藤本健一様のご自宅でしょうか? 私、〇〇債権回収株式会社の担当、高橋と申します。奥様でいらっしゃいますか?』
債権回収会社――。
心臓がドキンと跳ね上がった。たった今、私がデスクの上に広げていた、あの督促状の差出人だった。
「ええ、妻の美咲です。主人は今、外出しておりますが……」
『さようでございますか。健一様の携帯にお電話を差し上げたのですが、電波がつながらないようでして、以前いただいていた緊急連絡先のほうへおかけいたしました。実は、かねてよりお送りしております【督促状】の件で、大変重要な、最終のご案内がございまして……』
私はごくりと唾を飲み込み、デスクの上の督促状を凝視した。
「あの……そのお話なら、私も今、知ったところです。主人が20年前から、義母たちのために借金を返し続けていたという話ですよね? 残高はあといくらなんですか? 私が全額払えば、すぐに終わる話なんですか!?」
焦燥感から、一気に捲し立ててしまった。一刻も早くこの不快な書類を家から消し去りたかったのだ。
しかし、電話の向こうの担当者は、少しの間を置いたあと、困惑したようにこう言った。
『……失礼ですが、奥様。健一様から、どのようなご説明を受けられていますか?』
「え? だから、20年前に義母と義姉が作った買い物のツケを、主人が代わりに毎月少しずつ返していると……」
『奥様、それは“過去の”お話ですよね』
担当者の冷徹な声が、私の耳を突き刺した。
『確かに、20年前の債務に関しましては、健一様は毎月真面目にお支払いいただき、今年の春に“完済”されております』
「え……? 完済……?」
頭の中がバグを起こしたようだった。完済している? ならば、なぜ私の手元に、今まさに【督促状】があるのだ?
『問題は、そこではないのです。今回弊社からお送りしている督促状は、別の契約に関するものです。――今年の半年前、健一様が「連帯保証人」としてサインされた、新たなご融資の件ですよ』
受話器を握る私の手が、小刻みに震え出した。
「連帯保証人……? 新たな融資って、一体だれの……」
『主債務者は、藤本真由美(義姉)様です。真由美様が半年前、個人的な理由で弊社から多額の資金を借り入れられました。その際、健一様が連帯保証人になられています。そして……真由美様からの返済がここ3ヶ月完全に滞っており、連絡も取れないため、本日をもって連帯保証人である健一様に、全額一括請求の手続きに入らせていただきました』
『総額は、遅延損害金を含めて、現在【420万円】となっております』
ヨンヒャクニジュウマン――。
数字の意味が、すぐには理解できなかった。
20年間の借金を返し終えた途端、夫はまた、私に黙ってお義姉さんの連帯保証人になっていたのだ。それも、たった半年前の話。
「嘘……嘘でしょ……」
崩れ落ちるように、私はその場にへたり込んだ。
夫がビジネスホテルから送ってきた『本当に申し訳ない、すべて説明するから』というメッセージが脳裏をよぎる。あの男は、まだ私に隠し事をしていたのだ。20年前の過去の悲劇を演じることで、「今まさに自分が犯している、最大の裏切り」から、私の目を逸らそうとしていたのだ。
『奥様? もしもし、奥様?』
電話の向こうで高橋氏が呼ぶ声が遠く聞こえる。
私は震える声で、「……承知いたしました。主人に、必ず伝えます」とだけ言い残し、通話を切った。
怒りを通り越し、胃の底からせり上がってくるような激しい吐き気に襲われた。私はスマートフォンの連絡先を開き、ビジネスホテルにいるはずの夫の番号を叩きつけた。もう、一刻の猶予もなかった――。
――第2話・後編へ続く。
✍️ 管理人より
過去の借金は春に完済していた。しかし、その直後に夫はまたしても義姉の「連帯保証人」になり、420万円もの借金を背負わされていたという最悪の新事実が発覚しました。夫の「すべて説明する」という言葉の、あまりの軽さと不誠実さに戦慄します。
💡 たった半年前、またしても妻に無断で「420万円の連帯保証人」になっていた夫…
- どれだけ優しい夫であっても、この「現在進行形の裏切り」は一発アウト(即離婚)ですか?
- それとも、まずは義姉を捕まえて、義実家から全額回収することを試みますか?
嘘に嘘を重ねていた夫へ、美咲さんの怒りの鉄槌が下る後編。この後の電話で夫は一体どんな言い訳をするのでしょうか……。次回の更新をお待ちください!