最終話(前編)
「家族だから」――その言葉を、もう言い訳にはしない

義姉から届いた封筒は、たった一枚の便箋だけだった。

「まだ終わったと思わないで。」

その短い文章が、私の胸に重くのしかかった。

脅しなのか。

それとも宣戦布告なのか。

考えても答えは出なかった。


翌朝、私はいつもどおり義実家へ向かった。

玄関の鍵を開けると、義母が台所で朝食の準備をしていた。

以前なら、私が来るのを待って何もしていないことも多かった。

けれど今日は違った。

「おはよう。」

義母は少し照れくさそうに笑った。

「味噌汁くらいは、自分で作ってみようと思って。」

その一言に、私は少し驚いた。

親族会議の日から、義母は少しずつ変わり始めていた。

洗濯物を畳み、買い物のメモを書き、自分でできることは自分でするようになった。

遅すぎる変化かもしれない。

それでも、変わろうとしている姿は伝わってきた。


義父はリハビリ用の杖を使いながら、ゆっくりと歩いていた。

「おはようございます。」

私が声をかけると、義父は笑顔でうなずく。

「最近……歩く……練習。」

言葉はまだゆっくりだったが、表情には以前より力が戻っていた。

私は心からうれしかった。

「焦らなくて大丈夫ですよ。」

「少しずつ、一緒に頑張りましょう。」

義父は私の言葉に、小さく親指を立てた。


昼過ぎ、インターホンが鳴った。

義姉だった。

親族会議以来、初めて顔を合わせる。

「こんにちは。」

その口調は妙に穏やかだった。

まるで何もなかったかのように。

義母は少し緊張した表情で迎え入れる。

私は台所へ戻り、お茶の準備を始めた。

すると義姉が私のところへやって来た。

「少し、二人で話せる?」

私は静かにうなずいた。


庭に出ると、真夏の風が木々を揺らしていた。

義姉は腕を組み、私を見つめる。

「録音までしてたなんて、正直びっくりした。」

責めるような口調ではなかった。

どこか疲れたような声だった。

私は静かに答えた。

「録音したかったわけじゃありません。」

「たまたま残ってしまっただけです。」

「でも、消すことはできませんでした。」

義姉はしばらく黙っていた。

そして、小さく息を吐く。

「私ね……。」

「本当は介護が怖かったの。」

私は思わず顔を上げた。

「お父さんが倒れた日、病院で動けなくなった。」

「もし私が面倒を見ることになったらって考えたら、逃げたくなった。」

その告白は、予想していなかった。

「だから、あなたに甘えてしまった。」

「最低だって分かってた。」

「でも、認めたくなかった。」


私はすぐには返事をしなかった。

怒りが消えたわけではない。

けれど、初めて義姉の本音を聞いた気がした。

そのとき、家の中から義母の慌てた声が聞こえた。

「お父さん!」

私たちは顔を見合わせ、一斉に家の中へ駆け込んだ。

リビングでは、義父が床に座り込んでいた。

幸い大きなけがはなかったものの、立ち上がれず困っている。

私はすぐに義父のそばへ行こうとした。

しかし、その瞬間――。

義姉が私より先に駆け寄り、義父の手を握った。

「お父さん、大丈夫?」

その姿を見た私は、胸の奥で何かが静かにほどけていくのを感じた。

けれど、この出来事のあと、私にはもう一つ、どうしても伝えなければならない決意があった。

――最終話(後編)へ続く。