第1話(後半)
義姉「介護は嫁の仕事でしょ?」――その一言を録音していました。
義母が広げた紙には、大きく「介護当番表」と書かれていた。
朝食、昼食、夕食。
通院、入浴、買い物。
細かく項目が並び、曜日ごとに担当を書き込めるようになっている。
「みんなで分担できれば、お父さんも安心よね。」
私はそう言って、ペンを手に取った。
すると義姉の真理子さんが、小さく笑った。
「分担って言ってもねぇ。」
「私は平日は仕事だし、土日も予定があることが多いの。」
義母は何も言わず、うなずいている。
夫が尋ねた。
「じゃあ、月に何回くらい来られる?」
「月一回かな。」
「顔を見に来るくらいなら。」
部屋の空気が少しだけ重くなった。
夫は言葉を選びながら続ける。
「見舞いじゃなくて、介護の話なんだ。」
「父さんの着替えや病院の付き添いもある。」
真理子さんは肩をすくめた。
「でも、お嫁さんがいるじゃない。」
私は一瞬、耳を疑った。
「えっ……?」
「だって同じ市内に住んでるし、お義母さんとも仲いいでしょう?」
「私は実家を出て長いから、生活のリズムもあるし。」
義母は困ったように笑っただけだった。
帰宅後、夫はため息をついた。
「ごめんな。」
「姉貴、昔からああいうところがあるんだ。」
私は首を横に振った。
「お義父さんが一番大変なんだから。」
「今は協力することだけ考えよう。」
そう答えたものの、不安は消えなかった。
それから一か月。
朝は五時半に起きて義父の朝食を準備し、そのまま出勤。
仕事が終われば義実家へ向かい、夕食を作り、入浴を手伝い、翌日の薬を確認する。
家へ帰る頃には、日付が変わることも珍しくなかった。
一方で、義姉が来るのは本当に月に一度だけ。
しかも一時間ほど顔を出し、お菓子を置いて帰る。
「ありがとうね。」
義母はそのたびに義姉を褒めた。
「忙しいのに来てくれて。」
その横で私は、洗い物をしていた。
何も言わなかった。
言えば、自分が心の狭い人間になる気がしたからだ。
ある日、ケアマネジャーとの打ち合わせが終わり、私が湯のみを片付けていると、居間から義母と義姉の声が聞こえてきた。
スマートフォンはエプロンのポケットに入れたまま。
会議の内容を忘れないよう、音声メモを取ろうとして録音を開始したままになっていたことに、私は気づいていなかった。
襖一枚隔てた向こうで、義姉が笑いながら言った。
「でもさ。」
「介護って、本来は嫁の仕事でしょ?」
義母も笑った。
「そう言われると助かるわ。」
「直樹のお嫁さんは文句一つ言わないもの。」
「これからもお願いしちゃえばいいのよ。」
二人の笑い声が続く。
私はその場で立ち尽くしていた。
耳の奥で、自分の心臓の音だけが大きく響く。
その日の帰り道、車を運転しながら涙が止まらなかった。
家に着き、何気なくスマートフォンを手に取る。
画面には「録音終了」の文字。
「……録音?」
再生ボタンを押した私は、息をのんだ。
そこには、義姉の声がはっきりと残っていた。
「介護って、本来は嫁の仕事でしょ?」
その一言が、静かな部屋に何度も響いた。
私はスマートフォンを見つめながら、小さくつぶやいた。
「証拠が……残ってる。」
このときの私は、まだ知らなかった。
この録音が、家族の嘘を暴き、私の人生を大きく変えることになるとは。
――第2話へ続く。