第3話(後編)
「家族だから信じる」――その言葉が一番つらかった
翌朝。
私はほとんど眠れないまま、リビングへ向かった。
食卓には義母と義姉が座っていた。
二人とも無言だった。
その重たい空気だけで、何が始まるのか察してしまった。
義母は湯のみを置き、静かに口を開いた。
「悪く思わないでね。」
「家族だから、ちゃんと確認しておきたいの。」
私はゆっくりとうなずいた。
「確認……ですか?」
「あなたの部屋を見せて。」
やっぱり、そう来たか。
胸の奥が冷たくなった。
拒否すれば、余計に疑われる。
そう思った私は、小さく返事をした。
「どうぞ。」
義母は、ためらうことなく私の部屋へ入った。
引き出しを開ける。
クローゼットを開ける。
バッグの中まで一つずつ確認する。
義姉は何も言わず、その様子を見ていた。
私は部屋の隅で立ち尽くすしかなかった。
この部屋には、夫との思い出しか残っていない。
結婚式のアルバム。
旅行先で買ったマグカップ。
夫が最後の誕生日にくれた腕時計。
そんな思い出まで、土足で踏み込まれているような気がした。
十分ほど探しただろうか。
義母はため息をついた。
「ないわね……。」
もちろん、あるはずがない。
私は何も盗んでいないのだから。
それでも義母は謝らなかった。
「疑ったわけじゃないの。」
「確認しただけ。」
その言葉が、一番苦しかった。
信じているなら、最初から部屋を調べたりしない。
そう言いたかった。
でも、声にならなかった。
昼過ぎ。
デイサービスへ出かける準備をしていた義父が、突然立ち止まった。
「あれ?」
上着の内ポケットを探っている。
職員さんが手伝うと、一冊の通帳が出てきた。
義母が探していた年金通帳だった。
部屋中が静まり返る。
義父は申し訳なさそうに笑った。
「大事だから、自分でしまったんだな。」
認知症の影響で、しまった場所を忘れていただけだった。
私は力が抜け、その場に座り込みそうになった。
これで誤解は解ける。
そう思った。
ところが義母は、小さく笑っただけだった。
「見つかって良かった。」
それだけ。
私の方を見ることもない。
もちろん謝罪もなかった。
義姉も気まずそうに視線をそらしただけだった。
私は心の中で何かが切れる音を聞いた。
疑われたことよりも、
間違いを認めてもらえなかったことが、何より悲しかった。
その日の夜。
会社の机でぼんやりしていると、スマートフォンが震えた。
画面には知らない番号。
迷った末に電話へ出る。
「○○さんのお電話で間違いありませんか?」
落ち着いた男性の声だった。
「はい。」
「私は生前、ご主人がお世話になっていた弁護士の者です。」
私は思わず姿勢を正した。
「ご主人から、お預かりしている大切な書類があります。」
「できるだけ早く、お会いできませんか。」
頭の中が真っ白になった。
夫が私に何かを残していた?
そんな話は一度も聞いたことがなかった。
受話器を持つ手が震える。
そして私は、この電話が自分の人生を変えることになるとは、まだ知る由もなかった。
――第4話へ続く。