第1話(後編)
「あなたの給料、私が管理するから」
義実家での生活が始まった。
最初の一週間は、驚くほど穏やかだった。
「助かるわ。」
義母は何度もそう言い、私が作った夕飯をおいしいと食べてくれた。
義父も穏やかな日には昔話を聞かせてくれた。
私は少し安心していた。
「これならやっていけるかもしれない。」
そう思い始めた頃から、少しずつ空気が変わった。
ある朝。
「朝ごはん、まだ?」
時計を見ると午前五時半だった。
私はまだ起きたばかりだったが、義母はすでに居間で座っていた。
「今日は早いですね。」
そう笑うと、義母は少し不機嫌そうな顔をした。
「年寄りは早起きなの。嫁なら、それくらい合わせないと。」
その言葉が少しだけ胸に刺さった。
けれど、悪気はないのだろうと思い直した。
次に変わったのは家事だった。
「洗濯物もお願いね。」
「庭の草も伸びてるわ。」
「お父さんのお風呂もお願い。」
頼みごとは日に日に増えていった。
気づけば、義母はほとんど何もしなくなっていた。
食事の支度。
掃除。
洗濯。
買い物。
義父の通院。
夜中に何度も起きる義父の対応。
それでも私は、「今だけ」と自分に言い聞かせていた。
会社から帰ると、義母が腕を組んで待っている日も増えた。
「遅かったわね。」
「残業で……。」
「家族より仕事が大事なの?」
責めるような口調だった。
私は返す言葉を失った。
夫が生きていた頃、義母はこんな言い方をする人ではなかった。
悲しみが人を変えてしまったのだろうか。
そう思うしかなかった。
休日もなくなった。
友人から食事に誘われても断る。
美容院の予約もキャンセル。
気づけば、自分のための時間は一時間もなかった。
鏡を見ると、夫が亡くなってから一気に老けたような自分が映っていた。
「私、何をしているんだろう……。」
そんな言葉が、何度ものどまで出かかった。
月末。
仕事から帰ると、義母が食卓に通帳を並べていた。
「座って。」
いつになく真剣な表情だった。
私は椅子に腰を下ろした。
義母は静かに口を開いた。
「これからは家族なんだから、お金の管理もしっかりしないとね。」
私は意味が分からず首をかしげた。
「えっ?」
義母は私をまっすぐ見つめた。
そして、当然のように言った。
「あなたの給料、これからは私が管理するから。」
頭の中が真っ白になった。
冗談だと思った。
けれど義母は、一度も笑わなかった。
私はそのとき初めて気づいた。
この家で私は「家族」ではなく、都合のいい存在として見られているのかもしれない、と。
――第2話へ続く。