1話
最終話 「もう限界」と思った私が最後にたどり着いた答え――介護は家族だけで抱えるものではありませんでした
「お義父さまを保護しています。」
深夜二時。
警察からの電話に、心臓が止まりそうになりました。
夫と二人で警察署へ向かう車の中。
私は何も話せませんでした。
ようやく家族で協力し始めた矢先の出来事。
「これから良くなる」と思ったばかりだったのです。
真冬の夜に一人で
義父は薄いカーディガン姿のまま、交番で毛布に包まれていました。
警察官の話では、自宅から三キロ以上離れた場所を歩いていたそうです。
「会社へ行かなきゃ……。」
そう何度も繰り返していたと聞きました。
義父は四十年以上勤めた会社を、二十年以上前に退職しています。
それでも頭の中では、まだ現役だったのでしょう。
夫は義父の肩を抱きながら、小さな声で言いました。
「親父……もう働かなくていいんだよ。」
その言葉に、義父は幼い子どものような顔で夫を見つめていました。
医師から告げられた現実
翌日、主治医の先生から話がありました。
「徘徊の危険性が高くなっています。」
「ご夫婦だけで生活を続けることは、かなり難しい状況です。」
先生は施設を勧めるのではなく、今後考えられる選択肢を一つひとつ説明してくださいました。
デイサービス。
訪問介護。
ショートステイ。
グループホーム。
介護老人保健施設。
「どれが正解ということではありません。」
「ご本人とご家族が、無理なく続けられる方法を一緒に考えましょう。」
その言葉に、私たち家族はようやく「介護は我慢比べではない」と気付き始めたのです。
夫が兄弟へ言った言葉
その日の夜、夫は兄弟へ電話をしました。
「もう誰か一人に任せる介護は終わりにしよう。」
「親父とお袋は、四人きょうだい全員の親だ。」
「そして、妻は介護要員じゃない。」
電話の向こうで、義兄は静かに答えました。
「悪かった。」
義妹も言いました。
「今までお義姉さんに甘え過ぎてた。」
その一言を聞いただけで、胸のつかえが少しだけ取れた気がしました。
新しい介護の形
それから家族で何度も話し合いました。
義父は週三回デイサービスへ。
義母は訪問介護を利用。
月に一度はショートステイを利用して、家族全員が休める日を作ることにしました。
土曜日は義兄。
日曜日は義妹。
通院は夫。
私は平日の昼間だけ買い物や書類の手伝いをする。
「全部やる」のではなく、「できることを分け合う」。
たったそれだけのことでした。
でも、その仕組みができたことで、誰か一人が倒れることはなくなりました。
義母の笑顔
数か月後。
デイサービスから帰ってきた義母が、嬉しそうに折り紙を見せてくれました。
「今日はね、お友達ができたの。」
その笑顔を見て、私は涙が出そうになりました。
私は勝手に思い込んでいました。
「家族だけで介護しなければかわいそう。」
でも違いました。
専門職の方と関わり、同じ年代の人と過ごす時間は、義母にとっても大切な時間だったのです。
義父からの「ありがとう」
ある日、義父が私に言いました。
「いつもありがとう。」
認知症が進んだ義父は、私の名前を思い出せない日もあります。
それでも、その日は私の顔を見て笑ってくれました。
「無理するなよ。」
その一言だけで十分でした。
私は義父の手を握り返しました。
「お義父さんもですよ。」
一年後
一年が過ぎました。
介護は決して楽ではありません。
予定どおりにいかない日もあります。
夜中に電話が鳴ることもあります。
病院へ駆けつける日もあります。
それでも、私は以前のように一人で泣くことはなくなりました。
困った時は夫が動いてくれます。
義兄も病院へ付き添ってくれます。
義妹たちも定期的に顔を出してくれます。
介護サービスの職員さんたちも支えてくれています。
「家族だけ」で抱え込む介護は終わりました。
あの日、家を出なくてよかった
あの頃の私は、本気で家を出ようと思っていました。
「もう限界。」
そう何度も思いました。
でも今なら分かります。
私が家を出たかったのではありません。
「助けて」と言えない毎日から逃げたかったのです。
介護を続けるために必要だったのは、根性でも我慢でもありませんでした。
「一人で背負わないこと」。
それだけだったのです。
もし、今この文章を読んでいるあなたが、一人で介護を抱えているなら。
どうか、誰かに助けを求めてください。
家族でも。
友人でも。
ケアマネジャーでも。
地域包括支援センターでも。
あなたが倒れてしまっては、大切な人を支えることはできません。
介護は、一人で頑張るものではありません。
みんなで支えるものです。
― 完 ―
■管理人より
介護は、誰か一人の犠牲の上に成り立つものではありません。認知症はご本人だけでなく、家族の生活も大きく変える病気です。だからこそ、「頑張り過ぎない」「助けを借りる」ことは決して悪いことではありません。
この物語はフィクションですが、介護の現場で実際に起こり得る悩みや葛藤をもとに構成しています。介護を受ける方も、介護する方も、お互いが安心して暮らせる方法を見つけることが何より大切だと感じています。
■読者さまの体験談を募集しています
皆さまは、介護についてどのような経験がありますか?
・「自分ばかりが介護をしている」と感じたこと
・兄弟姉妹との役割分担で悩んだ経験
・介護サービスを利用して救われた出来事
・認知症のご家族との忘れられない思い出
ぜひコメント欄で体験談をお寄せください。同じ悩みを抱える方にとって、皆さまの経験が大きな励みになるかもしれません。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
