8年ぶりに幼馴染に会った
最後に会ったのは、彼女のお母様が亡くなった時
亡くなった晩にお家に行って
町内会へのお知らせやら、お通夜の前の湯灌やら、ご葬儀も、火葬もその後訪ねてくる訪問客たちとの会食の間も、2ヶ月くらいは出来る限り一緒に居た
あれから8年も経つなんて
全然気づいていなかった
その間の彼女の人生は
一言で言ってソウゼツだった
病気もしたし
不動産も処分したし
大切な人の大病にも何度も打ちのめされた
とてもとても重い話で
彼女も、やっと話せるようになったのだと言った
重い話だけれど
軽々しく力になるなんて言う事は出来ないから
正直でいようと思った
もちろん
彼女は助けてほしい、なんて言ったわけじゃない
事情も背景も理解していて肉親ではない相手に
ただただ話をしたかっただけだった
だから私も、ただ耳を傾けた
あれから8年も経つなんて
全然気付かないほど
私も日々日常を生きてきた
良い事ばっかりでも
大変な事ばっかりでもない日常
なんとなく結論じみたものが出た
「人生って微妙だよね」
今は人生100年らしいよ
今までやってきた事
余裕でもう一度繰り返せるだけ生きるらしいよ
この先も
奇跡だ!とか、幸せだ!とか、ヤバすぎる!とか
なんでこんな事に⁉︎とか、嬉しすぎる!とか
色々感じながら人生は続いていくのだろう
途中で振り返るたび
総評すれば「微妙だな」と思うのだろう
「いい人生だった!」と思って死にたい
と言うけれど
その時になったら
正直微妙だったな、と思うかもしれない
でも「微妙だ」は
きっと途中だから出てくる感想で
もう巻き返す時間もないとわかった時には
微妙な感じだけど「いい人生だったな」
と思うような気がする
私が勝手に
微妙、に悪いイメージを持っていないせいか
心のどこかで大丈夫だろう、と思っているせいか
どうしてなのかはわからないけれど
微妙な人生って
無難を基準に生きる人生より
ずっと良いって気がする
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