「経験したことのないような大雨」が今日もまだ降り続いています。
被害地域の方々のご無事を心からお祈りいたします。


報道番組では、情報に注意し、命を守る行動をとって下さい。と繰り返しています。
それを受けて、コメンテーターが

「こういう時は、(警報の出ている地域の方は)テレビもラジオも携帯も付けっ放しにしておいて下さい。時々『考えたくない』と全部消してしまう人がいますが、それが最も危険な行為です」



考えたくない…


経験している現実が想定をはるかに超えて、不安や苦痛に耐えきれなくなった時、自ら情報を遮断するという事が災害時にもやはり起こるのだな、と思ったのです。




しかしこれは災害時には、命に関わる危険です。

東日本大震災の時、繰り返し流された映像を見続けた私たちは、経験した事のない大雨に見舞われながら警報を聞こうとしない行動を決して他人事だと思ってはいけないと思うのです。


横浜にいた私ですら突然の大きな地震、散乱した食器の中で繋がらない家族への電話をかけ続ける不安と恐怖。見つからない猫。
押し寄せる濁流、飲み込まれていく家、止められない放射性物質、ビルの屋上に上がった船。その後も繰り返し流れた映像を見るたびに、一瞬で何もかもが変わってしまったのだと知った時の途方もない心細さを思い出します。

自粛されていたテレビ番組や一種類だけのCMも、大変な事が起こっていると繰り返し訴えているように思えました。
  今でもテレビでバカ騒ぎを見るたびに、アレは本当に起きた事だったのか一瞬分からなくなる事があります。
  何が現実なのか分からなくさせるためにマスコミはワザと何も変わっていないふりをし続けて、私たちを現実逃避させようとしているのか?とすら思える事があるほど。

  恐らく想像以上に多くの方が、PTSDと判断され(得)るトラウマを持っている可能性が高いでしょう。だとすれば、私たちもいざ危険が差し迫った時に同じように現実逃避したり、簡単に生きる事を諦めたりしてしまうかもしれないのです。


例えそうでなくとも、
未曾有の~、経験したことのない~、50年、100年に一度の~、という気象が日常的になってきた今、少なくとも「屈強な消防士さんでさえ、火事を目の当たりにすると身体がすくんで動けない。だから、火のない的にホースを向けるという一見滑稽に見えるような動作を毎日繰り返すのだ」という教訓を生かして、自分に出来ることを実践しておく必要があるな、と思ったのです。



不安は生命の危険を感じながら、その原因も対処法も分からない時
恐怖は、生命の危険を感じる対象を確認しながらも、回避は不可能だと判断した時にわき起こる情動です。



生命の危機をもたらす対象が特定できないうちは情報を受け取り続け、安全と必要な情報が確保されたら、家族と自分自身の精神的な健康を守るためにいつまでも災害映像を垂れ流し続けない。


情報が錯綜していても、いたずらに不安や恐怖を持ち続けずに、得られた情報を吟味して判断した中から最善と信じる対処として具体的な行動を選択して行くと心をしっかり切り替えて、まずはできる限り普段通りに生活していく。


阪神大震災も、911も311もリアルタイムで目撃・経験した私は、貴重な学びを活かして生き、これからの子供たちを生かしていく義務がある事を忘れてはいけないと、それが命を守る行動だな!と今回改めて強く思ったのでした。



不安や苦痛に耐えきれなくなった時、自ら情報を遮断するという事が災害時にもやはり起こるのだな、と思うに至った


日常でのPTSDについてお話ししたいと思います。