我慢は身体に悪い

トイレを我慢すると便秘や膀胱炎になったりするかもしれないし、感情的に我慢するとストレス性の病気になってしまうかもしれない





ところが、我慢は妬み嫉みと同じくらい悪いことなんじゃないか?という疑問が湧いてきたわけです。





宗教などで戒める、悪口雑言はこちら



「他人に何か起こっても自分には全く関係ないと思いがち。気づかずに人を傷つけたり、他人に心ない言葉を発し(中略)その結果、相手に痛みや苦しみをあたえ、それらが跳ね返ってきて病気になる」





表目上丸く収めようと考えて、自分が我慢して引いちゃう、というのは良くあることです。悪口雑言は他人だけではなく、自分も傷つけるので、口にしては行けないとも戒められていますしね。



でも、それが病気の原因になる。

ストレスを産むからです。





じゃあ、なんでお釈迦様も現代の聖人もこれを戒めるのか?





これ、主眼は「自分に跳ね返ってくる」ところなんじゃあないでしょうか。





やっと、本日の主題です。

私、見ちゃったんです。自分に跳ね返ってきてるところ。幸い、私に跳ね返ってきたわけじゃないんですけれど。





ある日、知り合いにお昼に誘われたので、ランチを食べてたわけです。

その知り合いは、ものすごい美人で向かい合ってるだけで女の私でも目の保養になっちゃうくらいなので、景色としては素晴らしいのだけれど、彼女の話しというのが全編見事に愚痴だったんですね。





あるサークルで人事があって、リーダーになるのを拒否してた人が、周りが盛り立ててリーダーにおさまった途端に暴君の様にやりたい放題に振る舞い始めた、というような、そこでいかに自分が苦労させられているか、というようなお話でしたね。

彼女は、非常に気遣いの細やかな人でそれだけに、色々な事が目についてしまう。それで、一々腹が立つけれど、丸く収めるために我慢しまくっている。





サークルの愚痴を延々語る合間にも、ランチメニューの付け合わせが「ポテトのアンチョビ風味」だったはずなのに、カボチャのサラダに代わってる、と怒ってるわけです。でも、波風立てたくないから言わない。



気になるなら、言えばいいのにね。

聞いたって、品性は下がらないと思うけど。急に「詐欺よっ」って詰め寄るわけでもないんだし。





でも、怒るけど言わない。もちろん、リーダーにも何も言わない。



怒りはズンズン溜まって行くわけです。





私は、「それは大変ね」と聞いてました。当事者はないだけに、どうでもいいことばかりだし、改善策を提示しても「無理よ~」とかわされて、状況を変える方策を求められてるわけでもないのようなので、2時間くらいじっと聞いてたわけです。





相づちは打ってましたが、いい加減、話にも飽きてきて、ふっと気が緩んだようです。すると、目の前にいる彼女の美しい顔がみるみる歪んで、胸の辺りまで黒いモヤに包まれて、醜い形相に変わっていくのです。





ビックリしましたよ~。

ビックリしたけど、そんなこともちろん言うわけにいきません。

話しなんて耳に入りませんけど、相づちは打ってみたりして。たぶんズレてたと思うけど。





映画なんかで怒りのあまり、精神的に変化して行く様をライティングや般若のお面の画像を挟んだりして内面を表すって手法がありますけれど、こういうことなんだな~、と思いましたね。





こういう物が見えちゃうのは、いつも申し上げる通り血虚な状態なわけで、特別な能力があるわけでもなんでもないので、そこはスルーして下さい。

笑うでもなく楽しくもなく、じっと動かずに座っているうちに、私も血虚になっちゃったんだと思うのですが、いやはや凄かったっす。





それでね、黒いモヤがうごめくんです。それで彼女の周りを取り巻いちゃってる。これね、彼女自身の想念みたいなものなんです。我慢して口には出さない相手に対しての思いが自分に跳ね返ってきちゃってる。相手に対して発したエネルギーの倍くらいになっちゃってるんでしょうね。





これでがんじがらめになってました。

怖いですね~。





結局ね、相手を悪く言わない、悪い言葉を使わない事が重要なのではなくて、「まったく、もう!」パンチ!という気持ちを持つ事自体がアウトなんですね。





「そんなこと言うなら自分でやりなさいよ!むかっ」と思いながら「はいはい」と言って自分で問題を片付ける。とかね。





こんなことは嫁姑関係を筆頭に、日本中のどこででも行われていることなんだと思います。



そして、日本中黒いモヤだらけなのね。日本だけじゃないだろうけど。





しかし、あのモヤを見たら、きっとみんな「マズさ」に気づくと思うのだけれど。私にはモヤに見えただけで、他の方にはもっと別の形で見えるのかもね~。ま、そんなことはどうでもよござんす。





さて、だからお釈迦様は、たった今自分がノコギリで引かれようとしていても、相手をちらっとでも悪く思ってはいけないと、そうでなければ仏弟子にはなれないと言ったわけですね。





非常に厳しい教えだけれども





私なんて、真っ先に仏弟子にはなれない人間ですけれども、仏弟子にはなれなくても、日常生活の中ではね、我慢っていうのがね、まず良くないと思うんです。





大人が意に染まぬ事を外聞とか体面とかのためにする我慢です。

子供や経験の浅い立場の者がする我慢は必要な場合がありますから、全てとは申しません。





じゃあ、具体的にはどうしましょうか?





続く



>我慢は妬み嫉みと同じ








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