子供たちは学校で平均的であることを望まれます
競争や他人との触れ合いによって、新たな挑戦によって、未知の体験によって
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それがバランスの良い人間性を作ると信じられています
大人である自分には、ハッキリと不得意なものがあるのにも関わらず
学校教育の偏りを日々感じている立場の親たちでさえ「できないこと」には敏感です
私は、学校は各教科や体験を通して「物事の考え方」や「多様性」を学ぶ場所だ、と思っています
だから、「大人になったら因数分解なんて使わない」という文句には
「当然だ。学校は何を使って生きていくかの方法を学ぶために必要な要素を見せてくれるところなのだから。」と思う。
「先生が嫌い」なのも
「世の中には色々な人がいて、大人と言えども常に正しい訳じゃないし、人間関係では自分にとって常に都合の良い方向には進まない」ということを身をもって体験する機会だ、と答える
年若いお友達同士の関係においては、推して知るべし
こんな風に、分かったような事を答えていても、やはり私も子供たちには「平均点」を期待してしまう
朝は1人で起きて欲しいし、プリントは必ず出して欲しいし、お弁当箱は流しに、ソックスは洗濯機に、宿題も毎日自分から、委員会でもクラブでもきちんと役割を果たして欲しい
親として、子供に「最低限のことはやってくれ」と思っているから
確かにこの先一生社会生活を営んでいくに当たって、上のような事柄は「最低限のこと」であるかもしれないけれども、大人だってこれが出来ていない人はたくさんいる
じゃあ、最低限、上に上げた事が出来ていれば良いかと言うと、作文だってある程度は書いて欲しいし、漢字や計算テストで「再テスト」なしなのも、工作や家庭科の課題も、百人一首の暗記も、これも最低限かもと思えてくる
生まれた時は、「元気でいてさえくれれば」と、あれだけ願ったはずなのに
特に問題のない子供は、親にとっては楽な子供だけれど、子供自身にとってそれがラクな毎日かどうかは、一度親としては考えてみるべきだと思う。
世間では「ありのままの自分を愛する」「自分を許す、受け入れる」という文言が一人歩きしているけれど、子供たちには過剰な期待をしている大人が、そんな自分をありのまま愛しちゃったら、大変な事になるんじゃないかとちょっと恐ろしくなります
>みんな違ってみんな良い?
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