学校教育においては平均的な存在が望ましいとされる


現在確固たる地位を築かれている方の中学生時代の恩師が
「当時から○○さんの理路整然たるリーダーシップは同級生の中でも群を抜いていました」なんて述懐する場面があるけれども、こういう存在をほとんどの教師は煙ったく感じていたのではないかと思う


教師よりも理路整然と生徒に論陣をはられて言い負かされて「お見事だな○○さん!」と賞賛出来る大人ばかりだったら、世の中もっと変わっているはずでしょう?


これは極端な例だとしても、ここには一つの大きな問題が潜んでいるのです

それが
自分の立場は常に優位性によって保たれるという誤解


知識において
体力において
技術において
あるいは財力において


先生ですから、生徒よりも優れていなくてはならない

子供たちを預ける親としてもこれが望ましい
できれば学習指導面においても、道徳面においても、人間性においても平均的に優れた人物が理想的です


少なくとも、生徒たちよりは


けれども、現実はどうやらそんな理想像は幻想のようですね


自分自身を考えてみたって、大人らしく振舞っているつもりでも大分抜けています

大人が全員社会的で人間性にも優れているというのがまず誤解、ですよね?


ところが、ここで1番の問題は、大人自身に誤解があることです


自分にはできないこと、わからないことがある事を認められない

一般的に「先生」とか「~長」という肩書の人ほど認めない

そしてこういう方ほど認知症になりやすい
認めないできたことが認知症に繋がるというのも興味深いですね

さらには認知症になってからも扱いにくい、と言うのも介護職の方から良く聞きます


立場上、長年指図されるという事なく過ごしてきたので行動を指示される事に非常な抵抗を示す方が多いというのです。


続く




HPです↓
横浜 鍼灸・美容鍼・疏泄マッサージ
ホリスティックケア・プアマナ(puamana)

にほんブログ村 ホリスティック医療


にほんブログ村 健康ブログ ホリスティック医療へ