人間の心はタマネギのようだな、と思います


剥いても剥いても新しい局面が出てくる


りんごは赤くて丸いと知っている


ところが、良く知っているつもりだったりんごは、実は丸くなかったと気づく


しばらくして、全部のりんごが甘いわけではないと知る


ある時はりんごが、嫌いになる。ありふれているし、歯ざわりも嫌になる


それなのに、突然また、噛み締めた時の果汁が溢れる感じが懐かしくなる

りんごの味は、甘くて少しだけ酸っぱい


煮ると頼りなく柔らかくなる


良く見ると赤い色には無数の白や緑が混じっている



そんなふうに、少しずつ物事が腑に落ちていく


りんごは、赤いだけではないと、人から言われても、自分が知っているりんご以上には、りんごのことは理解できない


しかも、今、その人はりんごが嫌いだというステージにいるかもしれない


そうだとすると、りんごの色に気づくどころか、りんご自体を受け入れることができない


段階を踏んで、自分なりに消化して、何かのきっかけで、再び気づきを得る


タマネギを剥いていくように、その時々の局面を理解しながら進んでいくしかないんだろうな


人のタマネギを無理矢理剥くことはできないし


自分のタマネギを急いで剥いたとしても、剥き残した皮は、また、戻って剥き直さなければならなくなる


一生懸命剥きながら、時折涙を流したりして


いつか中心までたどり着いても、芯にはきっと何もない


あるのは、ただ、剥いてきた過程で感じた、自分なりの思いだけ


その思いに満たされているから、何もないことを空虚とは感じないのだろうな






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