・OLYMPUS/EP-L8 Photo by ICHIKA
「今日はお月見だねぇ」
90になる祖母からの秋の知らせを告げる電話。
忙しさに埋もれがちなわたしに
いつも季節を思い出させてくれるのは、決まって祖母のゆりこさん。
大急ぎで近所の和菓子屋に走っている間
ススキを用意してくれていたデキるスタッフさん達にいつも感謝でしかない。
相談室をクローズした後
絵本にでも出てきそうなピラミッド型に積まれた月見団子をお供えして
今年も春夏と見守ってくれた秋の月を愛でることができました。
影っては顔を出す、を繰り返す月を眺めながら窓際に腰を下ろしていたら
今朝のゆりこさんの声を思い出した。
「今日はお月見だねぇ」って。
なんて可愛いのだろう。
たぶん子どもの頃を思い出しただけなのだけど
遠くとも同じ空の下、一緒に月を眺めているような錯覚がしてくるから
相当おばあちゃん子だな、と改めて自分を知った夜。
あの頃の月見団子は、無味に近かったのだけど
ほんわか甘い今日のお団子よりも
はるかに美味しかった記憶として、わたしの心に残っていたみたい。
そう言えば、子どもの頃
好き好んで通っていた老人会の「句会」で、惚れた言葉も思い出した。
「月が綺麗だなあ、雲が邪魔をしても、月はそこにちゃんといる」
作家の武者小路実篤先生の語。
まさにまさに、今日のことを言うんだと思う。
雲に隠れて薄っすらとしか顔を出していなかった月も
眺めているうちに雲が晴れて、はっきりと顔を出してくれた。
何かに邪魔されて実態が見えないからと言って
その存在が薄れたわけでも無くなったわけでもない。
人の心もそう。
なにかと厄介な感情に邪魔されて、本質が見えなくなることがあるけれど
本当はそこにずっと変わらず存在してくれているのかもしれない。
一度でも綺麗に思えたものは、本当はいつまでも綺麗なはずなのに
心に曇りがかかると、くすんで見えたり見えなくなってしまったりするのだろうなと。
ただ曇りが晴れれば、またその美しさは見えてくるのだとも思う。
そして何より、ゆりこさんはこの月をもう何回眺めてきたのだろうと思うと
ぎゅっと抱きしめたくなるような感慨深い今年の名月でした。
明日もゆりこさんに電話しようっと。




