未来はためらいながら近づき、
現在は矢のように飛び去り、
過去は永遠に静止している。 / シラー 「孔子のことば」
前回の記事「感謝の心は奇跡を起こす!感謝伝えよう計画。
」の続きです。内容が重い&長文ですので、苦手な方はスルーしてくださいませ。
病気(悪性の神経膠腫(しんけいこうしゅ、グリオーマ))で亡くなった父は、とある電気会社で働く主席技師でした。
私の母は、保育園・幼稚園勤め経験20年の保育のベテランです。
そんな家庭環境で、私は育ちました。
小さい頃から、したいことを沢山させてもらいました。
ときに厳しく、ときに優しく守ってくれる母。
大学まで続けた音楽の勉強期間を精神的にも経済的にもサポートしてくれて、「手に職」の大事さを日々説いていた父。
音楽や勉強、そのほか様々な悩みを抱えた時も、家族で過ごした時には様々なことがありましたけれど、いつも温かく見守ってくれた両親には、感謝してもしきれないほどの恩を感じています。
「大切な人に、感謝の気持ちを伝える」ワークで、真っ先に感謝を伝えようと思ったのは両親でした。
特に、最も感謝を伝えたい存在であるのは、間違いなくお父さん。
伝えたいこと、感謝したことは沢山あっても、直接伝えられないことが悲しく、今でももどかしい思いが解消できていません。
娘と父親は、思春期を境に口をきかなくなることが多い、なんて聞きますが、私の場合は違っていて、母が呆れるほどのお父さんっ子でした(笑)そんな話をすると、ビックリする人が多いのですよね。。ちょっと変わった親子だったのかもしれません(笑)
父の病中に、父宛ての手紙を何度も書こうとしましたが、結局書けませんでした。
父の姿を見るのが辛すぎて・・・。考えるだけで、頭が真っ暗状態。
当時は音楽活動と仕事の二束ワラジだったので、お見舞いにもなかなか行けず・・・、隠れて泣いてばかりでした。
「病気発覚から亡くなるまでの9ヶ月の間に、
なんとか「ありがとう」は伝えられたけれど、、もっと沢山話したかった。もっと長く生きて欲しかった。悔しくてしょうがなかったです。
貴方には、当時の彼(今の旦那)に会わせる事はできたけれど、もう会話ができませんでした・・・。
結婚式もみせてあげられませんでした。打ちのめされ、沈んだ気持ちを整理するのには、長い時間がかかりました。
貴方が亡くなってから、私は自分の人生を考え直し、、
音楽活動を離れて、企業に入って仕事を覚えて、やがて独立しよう!という強い意志を持って修行を開始ししました。貴方の死が、私の一大転機となりました。逆に、「しっかりしなきゃ!」という気持ちが強まりましたが、、私に与えたえた影響はあまりに大きく、貴方の不在はあまりにも悲しく身にこたえました。」
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後悔してもはじまらないのですが、そんな気持ちをギュウギュウと、渡すことのない手紙の中に押し込めました。これまでに何度気持ちを整理しようにも、整理れなかった想い。手紙を書き終わっても、お父さんへの想いはどんどん溢れていくばかり。
悔しさと、悲しさ。そして感謝の気持ち。
休みの日にも熱心に研究に取り組み、論文を書いたり、特許をとったり。こつこつと努力をつづけて、まわりに認められるほどの優秀な技師であった父(あとから同僚の方に聞きました。)。でも、それを決して鼻にかけず、つつましい姿勢を保ち続けた、その仕事に対するポリシーを、私は今でも尊敬しています。
父の姿が見えなくなって、もう5年以上経ちました。私は何とか生きています。
お父さんは、今でも私の人生の師。貴方の意思を大切に受け継ぎたいと思っています。
不在を逆にバネとして、これからも前向きに人生精進を続けていきたいです。
【追記】
父は長年、GPSの開発・研究をしていました。今でもその足跡は、インターネットで辿ることができます・・・。