前回、祈りという分離

というのを書いたんですけど、

今度はそうではない祈りについて。

 

 

今回のコロナ騒動で、
予測が何もつかないし
自分ではどうしようもできないって言うのが
ひしひしと分かる状況に放り込まれまして。
 
 
それで、出て来るわ、出て来るわ
自分の中の、ごみやがらくたが
わんさかと……。
 
 
それに対面せざるを得ない状況で。
 
よたよたしながら
対面いたしまして。
 
ほんとに、ズタボロな時に
とても貴重な体験をさせて頂きました。
 
 

その時、ニュースで観る

見知らぬ国の全く見知らぬ人が
自分なの。
 
 
あなたの痛みは私の痛み
あなたの苦しみは私の苦しみ
あなたの悲しみは私の悲しみ
 
そうとしか感じられないの。
 
 
痛み・苦しみ・悲しみを感じて
よたよたしながら
何とか自分でそれを解いていく。
 
 
 
何年も前、
ああそうか、
この世の全ては同じ一つのものでできてるんだ
だから、愛以外にはなれないんだ
って感じたときと同じ。
 
 
祈りともいえない祈り。
 
ただ同じものとして
あなたが幸せで在りますように
あなたが平安でありますように
 
それ以外に思うことは出来ないから。
 
あなたも私もいないところで
祈りともいえない祈りはおこる。
 
 
 
 
 

 

ある日、どういうきっかけだったか

 

世界が平和でありますように

だか

世界が幸せでありますように

だか

 

世界に対して、

ちょっと照れちゃいそうなくらいの思いで

祈った後、しばらくして

あれ?って

気づいたことがありました。

 

 

祈る思いに嘘はないんだけど

世界中の人が幸せで平和であって欲しい、そうなって欲しい

世界自体が幸せで平和であって欲しい、そうなって欲しい

 

の中に

自分が入ってないやん?

って事に。

 

それって謙虚な感じですか?

人のためだけに祈るって素晴らしいことですか?

エゴがなくて?

 

 

いえいえ、気づいたのはそういう事じゃなくて

 

世界と自分は、別だと思っている。

 

無意識のうちに

分離感があるって事。

 

 

自分 対 世界

 

そう言う分離感を知らずに抱えているって事でした。

 

 

自分は、世界から独立分離してる存在

 

自分があって、それとは別に世界ってものがある

って知らず知らずのうちに感じている。

 

 

それでは、結局、どこにも、幸せも平安もない。

見いだせないのにね。

 

 

気づかずに

分離感(苦しさの元)を抱えたまま

祈っている自分

 

 

誰かに対する憎しみや怒りではない分

自分にとって苦しみは少ないけれど

それでも、根っこには分離感があるんだなぁ

まだしっかりと抱えているんだなぁって

びっくりしたことでした。

 

 

でも、そう言うのじゃない祈りももちろんあるんですけどね。

それはまた次回。

 

 

 

 

 

 

これから新しい世界が開けていくんだろうなぁ

 

こんなに、世界丸ごと揺さぶられて

今までのものが崩れて行っているんだから

是非とも、大きくジャンプして

新しい世界へ

新しい在り方へ

変わって行くと良いなぁって思います。


どんな世界が良いでしょう?

せっかくだから、自分がこんな世界が良いなぁ

こんな世界に住みたいなぁ

って、心から思えるものを想像・空想してみませんか?

心の中で創造してみませんか?

 

せっかく今までより時間もあるのだし。

 

 

私は、これ良いだろうなぁって言うものが、一つあります。

それは、

ベーシックインカム

貨幣経済はどうなっていくのか分からないけれど

とりあえず、誰もが、基本的に生きていくのに必要な

お金(もしくはそれに代わるもの)が保証されている社会。

 

食べていくには働かなくてはいけない

っていう思い込みを取り外した世界/社会。

 

だから、もし余分なお金とかが必要ならば

自分が得意なこと・好きな事をして、

世界/社会に貢献して

それで(余剰の)収入にしていく

って言う感じのもの。

 

それに、

本当は嫌なのに、

生きるために必要なんだ!

って頑張ってお仕事しなくても良くなるの。

 

 

数秘とかやっていても思いますけど

皆さん、それぞれに生まれつきの個性があって、

自然に得意不得意があって

それが自然に好き嫌いになってて

それが当たり前。

 

 

自分らしさを楽しみつつ、それが余分な収入につながる

って

素敵じゃないですか?

 

自分らしさを発揮することが、社会のお役にも立つ

って

嬉しくないですか?

 

 

今はまだ、そう言うのは仕事にはつながらないのよ

ってことを経験していらっしゃる方も多いと思いますが。

ベーシックインカムがあれば

自分の思いに反して、無理して、働かなくて良いしね

余裕をもって、自分らしさを育んだり、

発揮したりできるかなぁって思うの。

 

 

だから、新しい世界は、

お互いに奪い合ったり、競争したりせずに、

とりあえず、生きていくために、

みんなに必要なものは行きわたってて

その安心感の上で、

誰もが、自分らしさを楽しめて、

ほかの人の「その人らしさ」を寿げて感謝して

もちろんガンガンやりたい人はガンガンやって

リラックスしたい人はリラックスして

どちらがベターって事ではなくて

それで全部丸ごとオッケーね

って感じだと良いなぁ。

 

 

 

 

 

今日、偶然見つけたメッセージ

(英語ですが、もしよろしければご覧になってください)

 

とりあえず、動画の内容もご紹介します。

 

本好きなのに、読んだことがなかった本ですが、

「食べて、祈って、恋をして」の著者、エリザベス・ギルバートさん

 

彼女が、亡くなった恋人・レイアさんの話をフェイスブックでシェアされてました。

 

 

今この時に、彼女のことを思い出したのは偶然ではないと思う、

と言って、エリザベスさんは語りだしました。

 

レイアさんは、

薬物中毒の時期もあったり、牢屋に入っていた時もあったり。

長い間、苦しんだ経験を持っています。

 

そして更生した後、

以前入っていた監獄での、図書室のオープニングに招かれたのですが、

その1週間前に、がんで後6週間しか生きられないと宣告されていました。

 

その図書室も、

絶対に、囚人たちには、本が必要であると、

図書館司書の人たちが、

本などを持ち込んで、粘って粘って、やっと開いたのですが、

狭い部屋にある本の数は、

エリザベスさん自身が所有するものよりも少なかったそうです。

 

レイアさんは、どうしても、そのオープニングに出ると決めていて、

練りに練ったスピーチを書いて持っていきました。

 

何人かの囚人が、囚人服を着て、入場し、席に着いたとき

レイアさんは、その人たちを観て、スピーチを捨ててしまったそうです。

 

本当はそこに集まった人たちにスピーチをするはずだったけれど

私は貴方たちに話をしたい…と

その人たちに、涙を流しながら、語りだしました。

 

自分の過去について、

そして、どのように更生したのか、

笑い話も交えて話した後、

実は、エリザベスさんにしか打ち明けてなかった、がんのことにも触れ、

自分は今死にかけているんだと打ち明けました。

 

そして、多大な尊敬の念を込めながら、

そこに座っている囚人の人たちに語り掛けました。

 

 

「ここは誰にとっても、終(つい)の棲家ではありません。

 

もしかしたら、この後、別の監獄に行くのかもしれないし、

ここにやってきたのかもしれない。

次に行くところが、ここより良いか、悪いかに関わらず

ただ、今とは違っているでしょう。

なぜなら、物事は変わって行くからです。

ここは、ただの通過地点にしか過ぎないのです。

 

貴方たちに伝えたいことは、

ここ=貴方ではないということ。

その囚人服に入っている囚人ではないのです。

それにこの施設に貴方が住んでいる訳ではないのです。

 

(胸=ハートを指さしながら)本当のあなたは、ここにいます。

(頭=マインドを指しながら)そして、あなたはここで生きています。

 

(胸を指さしながら)ここにいるあなただけが、いつでも、本当のあなたなのです。

(頭を指さしながら)どこにいようと、ここだけが、あなたが生きている場所なのです。

 

他のことは、全然、問題ではありません。

全ては必ず変わります。

 

だから、もし、この施設にいる間に、

(胸と頭を指さしながら)ここに滋養を与えず、

成長もさせないのだったら、

ここにとどまったって同じなのです。

 

だから、ここにいる間に、(胸と頭を指さしながら)滋養と栄養を与えてください。

 

私は、

許すこと、あがない、恩寵/慎み、慈愛

そして、謙遜=自分を卑下するのではなく、自分のことをより少なく考える事

それによって、ハートは柔らかくなり成長し、

自分自身がハートそのものになることで

本当の私に滋養を与え成長しました。

 

そして、

瞑想、許すこと、自分自身に慈悲深くあること、ほかの人に親切であること

心の静けさ、感謝、そして謙遜によって

自分が住んでいるところ(頭)を変化させました。」

 

 

そして、スピーチを終え、みなを抱擁し後、外へ出て行き、

本当の自分(ハート)と住み家(頭)とともに

自分の死に向き合ったのです。

(以上、意訳)

 

 

 

今、世界中のあちこちで

 

突然仕事をなくしたり、愛する人をなくしたり、

帰りたくても自分の国に帰れなかったり、

 

ほんの少し前には、全く予想のできない状況に直面している方たちがたくさんいます。

 

 

でも、いつの時でも、

何が起こっていようと、

 

本当のあなたは、胸の奥にいつも変わらずいて、

全ての存在に開かれたハートで、

実は、それは、途方もないほどの広さを持つもので

 

自分の住んでいる世界(思考の世界)は

状況に関わりなく、静かで平安であることができる

 

 

既に亡くなってしまっているけれど、

レイアさんのメッセージに深く共感します。

 

どうぞ、多くの人が、本当の自分を見つけ、自分の住み家が心地よいものになっていますように。