先日、お客様が連れてこられた小学生の女の子にteateをさせてもらいました。
帰られた後に手を当てさせてもらってる間、
きれいなガラスの柔らかい玉に触れさせてもらっているように感じていたことに気がつきました。
それは何も傷のない本当にきれいな、何も手を加えられてないようなものに感じました。
人がいろんなことを経験するなかで、素直さを忘れずにいるものとはまた違った感じでした。
いろんなこと経験している素直な玉は、いたるところに傷がある玉のように思います。
でも、その傷は、最初の玉の表面より強くなっているんです。
その傷は、切り傷、擦り傷と同じだと思いました。
いろんなことを経験して、傷つき、その傷から血を流し膿てしまったこともあるのかもしれません。
そして、もとのように治ってる傷、傷跡の残っている傷、元より少し盛り上がってしまった傷
そんなどの傷も、もとよりも強く、弾力性を持っているように思います。
それが、その人の思いやりや優しさという強い気持ちになるんじゃないかと思います。
そして、その傷がそうなるには、自分自身の力で治していくんだと思います。
傷つき、その傷を治すために、自分の中にある力は必死で治そうとしてくれます。
その傷にガーゼをしたり、絆創膏をしたり、包帯を巻いたりといろいろと手を尽くします。
ただ、傷に風を当ててやることも必要です。
いつまでも、その傷を風に当てないでいると気付かないうちに膿んでしまったりします。
膿んでしまったら、そのためにそれに合うものを塗ってあげるのも
消毒だけして、またガーゼを張るのもいいんだと思います。
その時、その傷に合った手当てをしてあげること
それが、大切なんだと思います。
どうしたらいいだろうと見つめ続けるのもいいでしょう。
そうしたら、どうすればいいかわかるかもしれません。
その時に合った。付き合い方をすればいいんだと思います。
傷口を見ることで痛みが増すというのであれば
傷口を見てみようと思えるまで、そのままでも構わないと思います。
でも、そんなときでも自分の中の力は、それを治そうと頑張ってくれています。
それを信じることそれも治る力になるんだと思います。
そして、治った時、それはとても強いものになるんだと思いました。
それは心の傷も体の傷も同じなんだと思いました。
そして、いろんなものを素直に出せなかったりする人は
まだ、ガーゼをはがせないだけなんだと思いました。
決していろんな経験で、汚れてるわけでもだめなわけでもないんだと
そんな風に思わせてくれるteateなひと時でした。
ちなみに、私は膿を力ずくで押し出し、治そうとする焦りやさんです。
これも自分の力を信じてないってことですよね。(・・。)ゞ