「親のための新しい音楽の教科書」の著者、
若尾裕先生をお招きして、こんなお話会やります。
なぜ、私たちは音楽を教育するのか。
今一度、振り返ってみる時間を共有しませんか。
お申し込みはこちらから。
→http://www.kokuchpro.com/event/05ae0f6638ebaa014c78ec09ddf7ae24/
なぜ、私たちは音楽を教育するのでしょうか。
保育園や幼稚園で、「元気に、大きな声で」
歌うように指導するのはなぜでしょうか。
学校の音楽の授業で、
前に立って歌わされるのは、なぜでしょうか。
そもそも、音楽って情操に良いって言うけど、
情操ってなんでしょうか。
学校って、なんでしょうか。
若尾先生は著書の中で、
このこと全てについて触れています。
そして、音楽教育の制度の発祥や変遷、
またそれに伴う人間の意識の歴史などに触れたのち、
このように述べています。
《これは音楽を教えている格好をとりながらも、その実、「社会とはこういうものである」ということを教えている、といえるかもしれません。つまり音楽教育には一種の社会教育もふくまれていることも考えなければならないのです。》(前掲書第5章「標本の音楽」より抜粋)
なぜ、私たちは音楽を教育するのか。
今一度、振り返ってみる時間を共有しませんか。
この会に参加すると、
音楽をきっかけに自分や社会の中にある「あたりまえ」に気づき、
そこに「なぜ?」と疑問を持つことができるでしょう。
若尾先生は、あとがきでこんなことをおっしゃっています。
《親としてこどもをどう教育するかを考えるためには、たとえば教育史を知ることは不要かもしれませんが、でもちょっとそれをひもといてみると、あたりまえのように考えられがちな学校というものが、実は近代以後に出来上がった世界秩序の一環であり、いまのネオリベ的世界の前提であることに気づかされるかもしれません。その結果、いままで疑問を持たずにこどもを学校教育に送っていたことに少々の留保が生まれるかもしれません。ここで私が意味しているのは現在の制度教育への批判ではなく、あくまでそういった距離をとる意識です。》(前掲書「おわりに」より抜粋)
こどもにとって「何が良いか」「どうやれば良いか」
というお話は、ほとんど無いと思います。
ただ、「疑問を持つ」、「気づく」、
そこから「意識的に選択していく」ということの、
はじまりを掴むことができるでしょう。
私たちおとながそういう風に生きていく姿を、
きっとこどもたちも見ています。
お申し込みはこちらから。
→http://www.kokuchpro.com/event/05ae0f6638ebaa014c78ec09ddf7ae24/
・・・ちなみに若尾先生は、私が院生時代に修士論文の
査読教授として関わってくださり、お世話になった方です。
一度先生の即興演奏を観たときに、
いつも穏やかな先生が30歳くらい若返ったようにしか見えず
釘付けになり、そこからずっと隠れファンしてます。