リトミックから継続して楽しく専門的に学べる『小梶ピアノ教室』です。
プライベート記事です。
昨日から7月に入りました。雨が続いています。
上半期には、本当にいろんなことがあり、私の人生の中でも一、二を争うくらい密度の濃い時間を過ごすこととなりました。
一日はあっという間なんですが、反面まだ半年、その間にこれだけのことがあったのか、と感慨深いものがあります。
特別大きなことは、娘が結婚したこと。
そして、母が亡くなったこと。
母のことは、本当に急すぎて、まだ自分の中ではこの世にいない事が実感できていない気もします。
毎晩、寝る前にも仏壇に手を合わせにいくのですが、そこには優しく微笑んだ遺影があり、(娘と二人で選んだ遺影が本当に良く、優しいところばかりではなかったはずなのに、全てを帳消しにしています。遺影は大事)いつもは父がいますが、その時はもう寝ていますので、母と一瞬向き合い、お母さん、ありがとうと言葉をかけます。
振り返ってみると、父に守られながら、好きなことをことをやって生きてきた母でしたが、認知症になっただけではなく、あれをやりたかった、これを食べたい、など、私のように、欲や執着が感じられず、なので、もっとこうやってあげれば良かったという後悔はあまりないんです。不思議と。
残されたものにとっては有難いことですが。
ただ、認知症になって、いろんな事がわからなくなったことはやはり可哀想でした。
そして、私にはもう母はいない。
こうやって母のことを思ったり、遺影を見ると、何故かわからないけれど涙が出ます。母がいない寂しさなのか。自分でもよくわかりません。
母命だった父を気にかけてくださる方もいて、感謝です。父は、買い物から炊事洗濯までできるうちは一人で、と頑張ってくれています。
Amazonで買い物もしますし、自分で検索サイトで何でも調べます。記憶力も私より確かです。
時々買い物の手伝いをしたり、おやつを分けたり、おかずを差し入れたり(父の考えで一緒には食べません)そういうたわいもないことをできるだけ長く続けたいですね。
母が生きている時は、自分だけが楽しむのはお母さんがかわいそう、と、どこにも出掛けたりもせずでしたが、今もそう変わりはありません。コロナだけのせいではなく。
人生に何も楽しいことはないそうですが、決められた寿命までは生きると考えてくれています。
宗教の教えで、母は阿弥陀如来様のお導きで仏様になり、満たされている、ということも、父の救いになっています。
今月娘が埼玉に転勤になる(母の葬儀の日に内示が出ました。)ので、カメラの弟子として、一緒に連れ出したりもしてほしいと期待しています。
孫の力は大きいし、せっかく不便な田舎に住んでいるので、景色くらいね。笑
母のみるく。どんどん心を許して甘えてくれるようになりました。可愛いです。
そんな中、3月から新しく始めたこともあるので、それについては、また今度。


