久喜市の『小梶ピアノ・リトミック・知育教室』です。


昨日は、大学→専門学校と、慌ただしい一日でした。毎週火曜日は、長い一日です。

大学は避難訓練、の予定でした。
雨だったので、避難はしませんでした。

私は阪神大震災を兵庫県西宮市で体験しました。

西宮市というと、全体で1000人ほどの方がお亡くなりになったところです。

いろんな不思議な事も重なって、家族に怪我はなかったですが、記憶が定かではない部分もあるほどの物凄い体験でした。

一年せずに転勤で関東に引っ越してきましたが、トラックの振動や、少しの揺れでも立ち上がってしまい、心臓がドキドキする、と言うことが何年も続きました。

たまたま水を抜いてなかったお風呂の水が、トイレを流すのに使えたので、しばらくは、お風呂の水も次の日まで抜くことができなかったです。

まだ子どもが小さかったので、私と子ども達はその日の内に京都の実家に帰りました。

道路が陥没していたり、段差ができて、車でやっとの大変な思いをして大阪~京都を通って帰る時、近いのに、ある地点から嘘のように何事もなかったような町並みになったのが、本当に不思議でした。

避難訓練は、サイレンと確認だけでしたが、ふと、そんなことを思い出しました。

夜、専門学校から帰ったら、大学時代の友人からお母様が亡くなったとのお知らせが届いていました。

若い頃、何回も泊まりに行かせてもらったし、お母様にも何度もお目にかかりました。突然の知らせで、本当に驚きました。

元気で生きているっていうことが幸せなことだったんだね、と友人も言っていましたが、それが当たり前ではないんですね。

私は、阪神大震災のあと、生かされたんだ、と感じました。

何10㎏もあるコンピューターミシンが、私と娘の頭の上ではなく、揺れとは直角の、前の日に見つけて何気なく置いたお札の方に落ち、守っていただいたと感じました。

私にできることをやらないと。。。そう思いました。

いつも元気かどうかはともかく、生きている人は今、生きていることに感謝して、精一杯生きていかないといけませんね。

何か、一日の終わりに、とりとめもなく、こんなことを考えていました。