1999年7/2 朝の10時頃に、2週間の陣痛室籠城を経て。

元気にちぃさく生まれてくれました。
赤ちゃん部屋では、いちばんちぃさく、泣き声もいちばんか細くて。
生まれた顔を見にきてくれた おねぃちゃんのダンナさんは、
「うる星やつらのさくらんぼうクリソツっ!!」
Σ(゚д゚lll)
と、言うぐらいチェリーにクリソツでした。
『うる星やつら』なんて、知ってる人いるのだろぉか………🤔
わたしの実家ではいちばん最初の子どもだったので、おねぃちゃんの母性の愛情を全て受けて育ちました。
おねぃちゃんは、『食べる』と言うことにとても過剰なぐらい敏感で。
コウくんの口の中に入っているというのに これでもかっ!!(# ゜Д゜)
というぐらい次々入れるので、コウくんは泣きながらいつも
「いっぱい いれたら アカンっ!!」
オェェェェェ;'.・ .○| ̄|_
と、えづいていました。
えづいた時の涙なのか、食べさせられることの苦痛で泣いているのか わからないぐらい。
いつも、おねぃちゃんがきて ごはん食べさせてくれてる時わ、コウくん泣いていました。
コウくんのちぃさい時は、わたしのおかぁさんと一緒に住んでいたので。一軒家でした。
2階に上がる途中に小窓があって。
おねぃちゃんがくると、コウくんはその小窓を開けて
「ちっちーーー(おねぃちゃん)きょぉ、どこもいってないねん。やわらかいズボンやねんっ。」(°̥̥̥̥̥̥̥̥-°̥̥̥̥̥̥̥̥ )
おねぃちゃんが、
「お出かけしよか?」
と、言うまで玄関開けないのです。
やわらかいズボン。と言うのは、ゴムのへろへろの部屋着みたいな楽〜なズボンのことです。
わたしは、いつもお着替えさせる時には、
「今日、どこも行かないから やわらかいズボンね。」
と、いってお着替えさせてました。
お出かけする時は、硬いデニムだったりするので。
コウくんは、幼いながらにお出かけする時は、『かたいズボン』というワードがインプットされました。
おねぃちゃんがきてお出かけする時は、あわてて
「おかぁさんっ!!ちっちが、おでかけしよっ。ってっ!!
かたいズボンにしてっ!!」
と、騒ぎたてます。
わたしの実家、ダンナの実家(ひとりっ子なので)。全て初孫なので、大人たちからの愛情を全て独り占めすることになります。
そこで、わたしは覚悟を決めました。
『わたしは、鬼になろぉ。』
と…おかぁさん業は、はぢめてです。
なにもかも手探りです。
わたし…間違ってた。
『鬼』の前に、『おかぁさん』にならなきゃいけなかったのに…それに気づいたのは、ひなちが発達障害とわかって本格的にフォロするようになっていろいろ子どもの心理を経験してわかってからでした…(°̥̥̥̥̥̥̥̥-°̥̥̥̥̥̥̥̥ )
かわいがってくれる大人はいても、コウくんのおかぁさんは、わたしだけなのに…それなのに…
わたしは、子育て1年生。といえば、聞こえはとてもかわいくて、
ぅんぅん…(*´⌓`*)
と、なってしまいますが。
親の『エゴ』の押し付けでいちばん迷惑するのは、いちばん最初に生まれた長男、長女だったりするんですよね…
お腹を痛めて生んだから、おかぁさんの『私物化』にしてしまいがちです。わたしは、
まさにっ!!
『それ』
でした。なにを勘違いしてるのか
『わたしの意見は絶対っ!!』
とか、
『わたしがっ!!この家のルールブックっ!!』( ̄^ ̄)☝️
など、勘違いも甚だしくしてました。
まだまだ子育てにおいて未熟で未経験の状態でありながらそんな自意識過剰な意識がどこから湧いてきたのか…
今でもナゾですが…
そんな、間違った子育てを数年してる間にコウくんは知らず知らずの内に、
「自分は、愛されていない。」
「オレは、生まれてきてはいけない存在」
「死に場所を探す」
高校3年の最後の、ど修羅の時に、ギャンギャン泣きながらわたしに吐き捨てました。
また、このおはなしはおいおいしていきますね。
そして。去年、年末から年明けにかけて長いこと帰って来てた時に、わたしは聞いてみたいことがあったので聞いてみました。
わたし : 駐屯地で新人ちゃんたちが入ってくる中に、
「オレぁ…地元でブイブイやっとんたんぢゃっ!!」
( ゚д゚)、ペッ
みたいな子とかいてんちゃん?
そんなん、どやって操縦すんの?
コウくん : ぁあ…そゆの心配せんでも、入ってきて1週間も経たんウチに牙抜かれるからだいじょうぶやねん。
……なるほど…だから、あんなにとんがってたコウくんも、一瞬でわたしやひなちに対する言動が変わったのか…
まさか、あんたのとんがってたのどやって変わることができたの?
なんて、ドっ!!ストレートに聞くわけにもいかなくて……
だいぶ考えて言葉を選んで聞いてみたんですよね…
コウくん自身、知ってか知らずか わたしへのとんがってむき出していた牙も駐屯地入って1週間経たずにアッサリ抜かれたんだな…
と、納得しました。
わたしが、家を出る前は あたりまえにひなちに対して憎しみさえ感じられるぐらいとても冷たかったのですが、わたしが家を出てからは兄弟とてもなかよく。
3人で歩いていても、コウひな2人べったりひっついてふつーに歩いていたりするんです。
その姿を見ると、微笑ましぃ反面。
わたしが、ひなちにかかりっきりだったからコウくんに寂しい思いさせてきてたんだな……
って、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
そんな、ある日。
高校生だったひなちがテスト明けでバイトに行ってた時に、テスト最終日。苦手な科目だったらしく、オールでテスト勉強して、オール明けでバイトに行ったのでバイトのコンビニは近所なんですがいつも原チャで行ってたのに、わたしがひなちのおうちに行くと。
原チャがあってチャリがなかったので、
「また。誰か原チャなくて付き合いでチャリで行ったんかな?」
ぐらいにしか思ってなかったんですが、帰ってきた時間がバイトの終わった時間だったのでなぜに原チャで行かなかったかひなちに聞くと
「昨日、オールでテスト勉強してたかだ。あぶないやど?だかだ、チャリで行ったねん。」
なんてはなしをコウくんにすると、
( ゚д゚)⁉︎
「自分で、そんな危険予知もできるぐらいになったんやなぁ……」
と、うれしそぅにニコニコ😊してはなしていたのを見ると。コウくんは、
しっかりひなちが重度の発達障害である。
ってこともちゃんとわかっていたんだ……
と、また。泣きそになる気持ちをガマンしました。
言い訳にしかならないんですが、わたしは
コウくんには、コウくんの人生。
ひなちには、ひなちの人生。
しっかりありますので、
『ひなちが重度の発達障害である。』
と、言うのを理由にコウくんに先々、自分の人生をひなちのために生きてほしくなかった。
ので、必死にひなちのフォロをしてきました。
ですが、コウくんの親の愛情を受けなければいけなかった時に、おかぁさんやおねぃちゃんが愛情全てコウくんに向けてくれてるのをいいことに、お願いしてしまって。
コウくんがわたしの愛情がいる時に愛情注ぐことができなかったのも事実なんです。
育児放棄してたわけではないんですが……
ごめんね…
身体はひとつしかないの。
わたしは、いつも。目先のことより、将来大人になった時のことを常に考えて、ひなちのフォロ生活に励んできました。
コウくんに、迷惑かけられない。
わたしは、ひなちの世話をさせるためにコウくんをうんだんぢゃないっ!!( ˃̣̣̥᷄⌓˂̣̣̥᷅ )
と、いつも思っていました。
昭和思考の大人たちは、あたりまえに
「兄弟なんやから弟の世話すんのあたりまえやろ。」
と、言われる言葉にわたしは疑問でしかなかったです。
コウくんの人生ないがしろにしろ。ってことかっ!!(# ゜Д゜) 大人のクセして、よぉそんな無責任な発言できんなっ!!(# ゜Д゜)
と、わたしも常に周りの無責任な発言してくる大人たちに対していつも牙をむいて生きてきました。
牙をむくことで子育てへの活力変換してきました。
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