わたしは本を選ぶとき必ず「あとがき」を読みます。と発言したところ、同じくあとがきから読む派もいれば、そうでない方もいました。
いろいろな考え方があっていいと思うので、作品だけで完結。あとがきは余計。という考え方もありと思います。
そのうえで、わたしがあとがきを重視する理由をあらためて考えてみました。
つきつめて考えると、言葉は単体では存在しないとわたしは思うわけです。誰がそんな状況でその言葉を発したかのか? その背景によって意味がまったく違ってくること、ありますよね。
「空が青いです」
という一言が、営業の社交辞令として発せられたのか、それとも、余命宣告された帰り道の一言なのか、はたまた、青の画家と呼ばれる絵描きが故郷の空を想って言った言葉なのか、その背景によって、ものすごく意味が違ってきます。
名言集にその言葉の背景が解説されていたりするのは、やはり、誰がどんな場面で発したかが、言葉の意味を変えてしまうからでしょう。
言葉ほどではありませんが、ほかのアート、たとえば絵や音楽にも、背景は少なからず大きな影響を与えているように思えます。
とそこでどうしても考えてしまうのが、あの佐村河内さん事件。あの曲が聾唖の作家という背景こみで評価されていたのは間違いありません。曲単体が評価されていたのなら、作曲家がニセモノでも曲の価値は変わらなかったでしょう。
背景込みで受け取ってしまうことが、良いことなのか、悪いことなのかはわかりません。少なくともわたしは、そう受け取っている、ということです。
最初の問いにもどります。
あとがきは、作者からの貴重な肉声です。作った作品とは違う、作者自身の素の姿が見えます。
どんな作者が、どんな理由で、どんな状況でこの作品を作ったのか。それが知りたいから、あとがきを読むのです。わたしにとって、あとがきは、本を選ぶときの、とても重要な判断基準なのです。
あなたは、あとがき、読みますか? 読みませんか?
