ピアノ弾きでした | 服で言葉であなたを伝える【あなたの魅力ナビゲーター】

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昨日の続きです
私がアルバイト以外で
はじめに就いた仕事が

レストランやラウンジ、結婚式で
ピアノを弾く仕事でした

でも

これは

決してやりたくて選んだ
仕事ではなかったんだよね
では何故か…




幼稚園の頃から

バレエ、ピアノ、お絵かきに習字に水泳
そして英会話と

とにかくたくさんの習い事をさせられていた
していたんだけど


はじめはそれなりに楽しめていたものの

しばらく経つと嫌になって
親に頼みこんで次々と辞めていった中で

楽しいとは思わないながらも
先生がとにかく怖かったゲッソリ
最後まで続けていたのがピアノ



子ども心に

ピアノまで辞めてしまったら私はダメな人

そう思って
しがみついていたっていうだけだった


そして

高校に入ってからも

ピアノは

クラシックからジャズ、ポピュラーに
転向して習い続けていました
一応仕事をもくろみ




さて大学受験!の頃になり

周りの友だちの殆どが
受験校を決めていく中

私は

ど〜しても、ど〜しても
大学には行きたくなくて…



それというのも


当時はJJガール全盛期で

ハマトラファッションに身を包み
ブランドもののバッグを持ち

彼氏が外車で大学にお迎え


そんな華やかな世界に
私はまったく魅力を感じていなくて

むしろ

みんな同じでカッコ悪!って思ってた
お嬢様キャラになれないヒガミも
少しはあろうかと思う


そんな私は

ビギ、モガ、コムデギャルソンなどの
デザイナーズブランドを好み

ファッションデザイナーが出入りする
新宿のツバキハウスというディスコに
知っている人いるかな?

行くことを何よりの楽しみとしていた
高校生でした
って高校生はダメだよね(^◇^;)昔も!


だから

大学生に憧れは抱けず
学びたいことも特になく


更に父の仕事が傾いて会社をたたんだり
両親が離婚したりで

私は早く自立がしたかった!!


そこで説得材料として
役に立ったのがピアノだったんだよね



当時は周りの殆どの母親が専業主婦で

いざというときのためにも
女性は手に職を持っている方が良い

なんて言われていた時代


「私、ピアノを弾く仕事に就きますので
大学進学はしません」

そう言ったら

担任の先生にも進路指導の先生にも
そして親にも納得してもらえたのでした


そう

私がピアノ弾きになったのは
大学に行きたくない口実のようなもの

だったのです


あ〜
まだ仕事がどんなだったかまで辿り着いてない



そして

このピアノを弾く仕事は

私にとって
とてもとても辛いものでした

長くなったけど続けます

仕事場は
◯銀座のレストラン
◯全国展開の某ホテルでの
 冬場はスキー場のラウンジ
 都内や近郊の結婚式が主で

結婚式以外は
仕事開始が19時くらいからでした


なにが辛かったって

まず
◇借り物のロングドレスを着ること
 結婚式以外はロングドレス着用が決まり事で
 事務所社長の奥さま(同業)のドレスを
 あてがわれていた←言い方!
 ピンクや水色の柔らかな素材のロングドレス
 デザイナーズブランド好きな私の好みとは
 程遠いもの
 借り物のドレスを纏った借り物の私
 これは私にとっては辛いことでした
 辞める時に突然レンタル料請求されて
 動揺したりもしました

◇すべて自分ひとり
 レストランやラウンジでの仕事だけど
 要するに
 毎回本番が怖かったってことなんだけど
 照明、マイクをONして
 「みなさま、今宵はようこそ…」なんて
 挨拶から曲紹介してピアノを弾きはじめる
 この流れが嫌でね
 毎回、今なら帰れるかも!なんて思ってた💦

◇とにかく孤独
 レストランやラウンジでは
 30分ワンステージの3回演奏が基本
 その間30分の休憩が入るんだけど
 これもキツくてね
 今みたいにスマホもないから
 30分話す相手もいないし持て余すの
 40年前の話笑い泣き

◇大人の世界に馴染めない
 先生と呼ばれ
 食事やお酒を楽しむ大人と会話する
 これも18歳の私にはキツかった

この他にも

スキー場では、ドレスや靴を隠されたり
焼却炉にあったことも!
ホテルの従業員の人たちからの
いじめみたいなこともあったりしたけど
余所者は受け入れないみたいな


でもこの殆どが

他の仕事でもあることだし

綺麗な衣装が着られて嬉しいっていう
人もいるわけだから



私にとって
この仕事が辛かったのは

ただ

私には合わなかった
ってことなんだよね




この仕事は夜からなので


当時
オープンしたてのラフォーレ原宿で

フランスの靴を輸入販売する会社の人に
スカウトしてもらって
その頃はよくあることだった

夕方まで販売のアルバイトを
はじめるのでした


続きます