「有言実行」って、口にしたことを必ず行う・完成させる、みたいなことなわけですが。
あ、これも「有言実行」なのかもな、と思ったことがありました。
そして、意外とみんな気づかない、大事なことを表現できるのかも、と、
ちょっと書いてみます。

あるお客様が、相談の中で、
「状況や環境、身体や能力が変わり、以前より出来なくなったことが沢山あるので、自分が今いるところに、いてはいけないのではないか、と思っている」
みたいなことを仰ってたんですね。
この方は何年も前から存じ上げている、思想も行動も素晴らしい、尊敬すべき先輩なのです。
責任感も強いからこそ、そう仰っているのだと推察します。
同じほど立派でない私でも、出来なくなったことについて数えてしまうことには同感します。
一方、私にはそこまで責任持って守るべき場があるわけではないから、分かり切れないこと、否めません。
「分かります」も「そんなことないですよ」も言えるし、私でなくても沢山の人に同じく言われてきておられるのも分かっています。
私が出来るお話の切り口はこれでした。
「出来なくなったら、いちゃいけないのでしょうか?
色んな理由があって「出来ない」人がいても、社会にいて大丈夫、と、人々に表現してこられたはずです。
ここで自分が「出来ない」からと、(いたいのに)離れることを選択したら、今まで信念持って言葉にしてこられたことが、反故になります。
年齢とともに、役割が変わってきていると考えてはどうでしょう。
今のあなたでなければ、その組織の年齢的にも先端にいるあなたでなければ、出来ない役割があるはずです。
そしてそれを姿で後輩へ伝えることは、今のあなたにしか出来ないことです」
と言うようなことをお伝えしました。
必死に伝えながら、私も実はハッとし、癒されていました。
私自身、人には良いことを言えても、「大丈夫です」と言えても、
いざ自分が50を過ぎて、限界が見えたような気がして(それがどこまで本当かまだ分からないくせに)、
「大丈夫」と言いにくいのかもと、最近落ち込むことがあったからです。
(なんと言うか、若い時にもそういう凹みはあったのですが、なんとなく質が違うので、尚更シリアスというか…
いやまあ若い時も若い時で本気でシリアスだったでしょうけどね!
そして諸先輩には「まだまだ!」笑われてしまうでしょうけどね!笑笑)
自分で良しと決めた思いや意志を口にして、自分や誰かを励まして生きていく、行動にうつす。
有言実行は通常、言葉に出して、行動でき、なんなら結果がひとつ出れば、完成、のイメージです。
同じ有言実行でも、永い永い、死ぬまでの時間をかけて、実行するものもあるんじゃないかな、と、この時学びました。
「まだクリアしてなかった」
と時に思うことは凹みます。
実行し続けることは、骨が折れることです。
でも、欠片でも諦めないなら、それはある意味「充実した素晴らしい人生」って言って良い気がするのです。
素晴らしい人生に、ずっと、もしくはこれから育てていく、そのヒントをひとつ見つけたように思います。
事あることに思い返したい瞬間を下さったことに、感謝します。


