無所属(わたし)を生きる。
には、ふたつの意味があって。
ひとつはこちら に書いたのですが、
もうひとつは
「主語をわたし」にして生きるということ♪
たとえば、なにかの集まりのとき
わたしもそうだったのですが話の内容が
「夫が…」
「子どもが…」
「先生が…」
「近所のママさんが…」
になってしまう。
じぶんでは気づかないのですが、
もちろんそれも楽しくて、
そうして妻やママとしてのじぶんをおもいきり楽しむの幸せ♪
でも、もし
主語がぜんぶ「外」になっているな…とか、
その奥の「わたし」って?となると、言葉がつまってしまう…とか。
そんなときにも、紙を織りながら
こころに降りながら、
アナログ(原点)回帰。
「わたしを生きる」といっても、
「わたし」でしゃべることなんて何もないし…とか
「わたし」は何もやってないし…と
もしお思いのかたもぜひ遊びにいらしてくださいね^^
その「わたし」に価値がある♪
「外」をいったんおいて、「外の役」をいったんぬいだ先の
「わたしの言葉」はすべて宝。
また、別にむりに話さなくても、
まず主役を「じぶん」において、
大切な「じぶん」をゆっくり感じていただけたら…♪
無所属のわたしを生きるまえに、
まずわたしを出してみる、感じてみる。
そこへの許可も、大事かな。
そして、あらためて「言葉=エネルギー」におとしこんでみる。
そしてだれか「一人だけ」がしゃべりつづけることのないよう、
場をととのえることは黒子で得意なので
はじめての方もご安心くださいね♪
7月3日(木)の第1回本質cafe(コトノハカフェ)はこちら。
いろんな小道具とともに、楽しみにお待ちしております♪


