★がんばっても、報われないのはなぜ?  | 感覚派の幸せ&文章講座

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繊細で感性豊かな人がいちばん幸せになれて、生かされる居場所を見つけることや育む言語化サポートもさせていただいています。


がんばることで、


愛されようとして。



がんばることで、


愛ってもらえるんだと思っていた。




でも。


がんばっても


がんばっても


なぜか愛されるのはいつも


「がんばっていない」ひとのほう。



がんばればがんばるほど、


その差は大きくなっていく。




そう、ひとは


本質的に


「手がかかる」存在のほうを追ってしまうし


愛してもしまう。



そのことに、


大人になってやっと気づいて。



でもいつも


「今度こそ」


「もっとがんばれば本当は愛されるんじゃないか」って


期待して。



本当は、自分のがんばりが足りなかったから


愛されなかったんじゃないかと思って、


またがんばる。


相手をかえて、


またがんばる。




するとね。


今度は


「がんばった分」だけ愛されるようになって。


「がんばった分」だけ見て振りむいてもらえるようになった。



でもね、なんでだろう?


やっぱり、いちばん大切なところは


がんばっていないひとのほうが持っていくの。



いちばん大切なところは、


がんばっているひとより


がんばっていないひとのほうに託されるの。




がんばっても、結局いいことなんて何もなくて。


結局、がんばった分だけ


胸に突きささるトゲはおおきくて。


抜く気力もないまま、


刺さったままなんとか騙しだまし生きてきたんだよね?



だったら、


そんなトゲ、もう忘れちゃえば?


もう麻痺しているくらいなら、


いっそのことなかったことにしちゃえば?


そうしたら、また“がんばれる”から。




でも、


トゲの下のじぶんは、知っている。


ここを抜かないと、


本当のじぶんの思いも


本当のじぶんの願いも


ふさがれたままなんだって…



だから、


だれかが抜いてくれるのを待つよりも、


いっそのことじぶんで抜いてみちゃえばいい。



何があふれだすかわからないけれど、


こわくてもひとり、


しずかなところで


そっと、やってみる♪



するとね、


プシューッと、意外なほどあっけなく


ちいさく、


今までのストーリーは全部まぼろしだったと気づける。




本当は、愛されていた。


あのひとの方が愛されているかに見えて、


本当はあなたも愛されていた。



ただ、相手は“表現”を知らなかっただけ。


ただ、自分は“受けとる”を知らなかっただけ。



その幻と化したふうせんを、


空へ見あげるとき。


本当はいつだって愛されていた事実に


「気づかなくてごめんね」


「すねててごめんね」って声を


生きているあいだにそのひとに伝えることができたなら。



空のうえのあなたも、


がんばってきたあなたも


ようやくにっこり本当の笑顔と素顔を取りもどせるでしょう。



本当は、とてもすなおで


本当は、とてもさみしがりで


本当は、とても甘えたさん♪



“がんばる”ことを、やめたことで


はなれるご縁なら


それこそ幻だったのかも。



その幻に愛されたくて、


がんばっていたじぶんも


幻なのかも。



本当のご縁は、きっと


“ハダカ”になったときにはじまる。


さ、Let's 素一致(スイッチ)♪


5月の新しい風とともに、本当のじぶんで


本当にのぞむ世界 へと旅立とう。