「女の子」の幸せ。 ~その2~ | 感覚派の幸せ&文章講座

感覚派の幸せ&文章講座

繊細で感性豊かな人がいちばん幸せになれて、生かされる居場所を見つけることや育む言語化サポートもさせていただいています。


~続き~

先日、地域の花火大会がありました。

我が子どもたちも、それはそれは楽しみにしていて・・

お友達宅に、たくさんのファミリーが集まる「楽しい花火ナイト♪」に、

それはそれはウキウキわくわくで、おじゃましに行かせて頂いたのですが・・



長女に、とても可愛そうなことをしてしまいました



もう、本当に・・

反省しても、しきれないのですが・・・

「女の子」の母親として、配慮まったくゼロ☆

他のお友達は皆、可愛い浴衣姿で集まっているのに、

うちの子だけ、「まったくの普段着」姿で、そこに登場することになってしまったのでした。



・・そこに気づいた瞬間。

私が、あッ;!と言うよりも先に、

長女が「うわぁぁぁ~~~~~ん;;;!!!」と大声で泣き出してしょぼんしょぼんあせる

目を真っ赤にして、

「なんで?なんでうちだけ、可愛いいのんちゃうの~???。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。」と、

ものすごく悲しい想いをぶつけては、自分の服を脱ぎたがり。

その華やかな女の子達の輪には加われず、

一人ポツンと2階へ上がりたがるのでしたしょぼん・・





・・もうネ。

返す言葉がありませんでした。

完全な、私のミスですしょぼん

ちょっと考えれば、「その日は子供たちも浴衣着で♪」って気づけたはずなのに。

事前に、ちゃんと準備だって出来たはずなのに・・



その、当日に。

そんな、たくさんの皆の目の前で、

恥ずかしい想いをさせてしまってからでないと、気づけなかったというのは。

長女に対して本当に本当に悪かったと、

私までもが一緒に泣きそうになりました。



ごめんネ・・

気づけなかった母ちゃん、許してネ・・

そう、もう「女の子」だもんネ・・



ひとくくりで「コドモ」と思って接していた私、

長女の、「オンナノコ」としての成長・楽しみの芽が出てきているところに、

気づかずそこを土足で踏んづけてしまったようなもの。

本当にごめんなさい。



長女、その日どこかでずっとさみしかっただろうな・・

その気持ちが、とあるところで節々に出てたから、

それを感じる私もただただ反省しきり・・

本当にごめんなさい。



そういえば、幼稚園のプールで競泳用水着姿の長女が、

最近しきりに言っていたナ。

「私にも、お花の水着買って!」って。

年中の頃はそんなこと一言も言わなかったのに、

年長になってしばらくすると、

まわりの可愛い水着姿に、色んな感情の芽が育ってくるんですよネ・・



なのに、「後数日でプール終わるから!」と、

そのまま最後まで競泳用水着を着続けさせた私・・

最後の記念写真には、

笑顔のない、なんとも沈んだ長女の姿が映っていました。。



もう、本当バカバカ・・!!ショック!DASH!

その時に、「ごめん!」って気づけたはずだったのに。

又、やっちゃったよ・・

しかも、楽しみにしていた花火大会で・・・



「女の子」としての、喜びや幸せ。

それは、こんな小さなコドモの中にもすでにあるんですネ・・

気づいてやれず、本当にごめんなさい☆

でももう、気づけたからネ・・!

浴衣、とびきり可愛いの、今度一緒に買いに行こうねっニコニコドキドキ



   *     *     *     *     *     *     *




でも。

そんな、「女の子」としての幸せを、まったく知らずに、

その短い生涯を終えていく子供達も実はたくさんいるんですよネ・・



Because I am a girl。

それに気づけないで生きていくこと、

それは、こんな恵まれた日本の子供でも、すごく悲しくて胸が痛くなるというのに。



ネパール、そして他の途上国に生まれてきた女の子というのは、

ただ「女の子」として生まれてきただけで、

一体どれほどの迫害を受けるんだろう・・



皆様は、ご存知でしょうか?

又、考えてみられたことなど、ありますでしょうか・・・??






                                          ~続く~