あなたがたは、満月を見て何を思いますか?
新月、三日月を眺める時と
心境の違いはどのようなものでしょう?
満ちる、ということは
とても良きことに思えますよね。
人は一度
「満ちた」状態を知ると
他は「欠けた」と感じてしまいます。
あなた方が
「欠けた」ように感じる気持ちがあるならば
それは「満ちた状態」を
知っていると言うことですね。
「満ちている自分」を知っているのは素晴らしいこと。
けれど
それを
「欠けた」「マイナス」のように感じる世界にいらっしゃるのならば
「満ちた」を知らなければよかったと
そうお感じになるやもしれません。
人は
「欠けた」を感じたときに
「満ちている」ことの感謝を感じるものでもあります。
健康、などそうでしょう。
「当たり前」に
「満ちている」と
気づかず、感じず
当然になり
「満ちている」のに
「不足」を感じることになったりもします。
あなた方は
この世界に
「不足」を感じるためにやってきたのではありませんね?!
では
「満ちた」状態を知っている魂が
わざわざ
「欠けた」ように感じることを体験する意味はなんでしょう?
そこに、何があるのでしょう?
あなたがたは
そうでないと
感じられないことを
体験しにいらっしゃいました。
「欠けた」と感じる事によって
あなた方の心には
どのような衝動が生まれますか?
そのお気持ちは
幸せなものではないかも知れませんが
そうでなくば
感じられぬ気持ちです。
「当たり前」を
「いつも満ちている」と
感じながら生きられている方々は
どのくらいおられましょう?
いつも「不足」「欠け」を感じているということは
「満ちている」ことを知っているから
ということでは
よろしいのかもしれませんが
そこに
なんの動きがありますか?
どうなさいますか?
「満ちていた」ことを知った
欠けた状態は
お辛いかもしれませんが
お一人お一人の鍛錬となりましょう。
本来は
完全な満ちている状態のあなたがたの魂が
この世界に存在する事により
「欠け」を感じるときに
思い出してほしいのです。
その「欠け」は
本当なのかどうなのか。
ただ、いま、目の前に
見えてないだけであって
存在そのものは
「満ちて」いるのではありませんか?
満ち欠けがあるように思えるこの世界で
そのリズムを
その変化する状態を
味わいながら
楽しんでいただきたいのです。
「楽しむ」などと
軽々しく言えませんが
「欠け」を感じると言うことは
「満ちている」を
ご存知だからですね。
それしかいえません。
ここからは
ご自分で深めてください。
満月の時に
語り合いましょう。

