「プトレマイオスの地理学」の続きです。
Son los varones germanos de rojo color, de miembros muy grandes,
valerosos para la guerra, sin embargo, son poco sufridos para la sed,
el hambre, el calor y los trabajos duros, pero en los primeros impetus,
es su naturaleza súbita e imperante. Probos, veraces, nada astutos,
rara vez uno engaña a otro en la negociación, lo cual, empero, con
frecuencia los galos y otros pueblos. Son también los germanos pro₋
pensos al culto de Dios, pero no fácilmente abandonan sus opiniones
una vez imbuidas, ni pueden ser reducidos del cisma a la concordia,
al contrario, cada uno defirnde con valor su herejía.
ゲルマン人(ドイツ人)の男達は顔色が赤く、体がとても大きい。戦争
では勇敢だが、喉の渇きや空腹、暑さや激しい仕事に対しては忍耐
強くない。だが彼らが最初に熱意を持っている時、その性格は衝動
的で支配的でもある。誠実で正直であり、ずる賢いところはない。取
引で誰かをだますことなどめったにない。だが彼らもガリア人や他の
国の人に対してはだますこともある。またゲルマン人は信仰心が深い
傾向にある。だが1度かぶれればその意見を簡単に棄てることはなく、
合意によって対立を縮小させることができないで、それどころか異端
の説を守るために勇敢に戦うのである。
ゲルマン人(ドイツ人)について、現代の私たちが読んでも違和感が
ないほど的確に特徴を書いています。ミゲル・セルベートは19歳で
師キンタナについてボローニャで行われた戴冠式に列席した後に
カトリック陣営から離れてルター派プロテスタントの人と知り合いに
なり、スイスのバーゼルにあるエコランパディオの家に数か月滞在し
ます。この時に他にもたくさんのルター派の人(ドイツ人)と知り合い
になりました。周りの大きなドイツ人に比べてスペイン人の少年ミゲル
は小柄で痩せていたはず、でも彼は自分の神学の説を完成させよう
と野心に溢れていたので、異国でドイツ人に囲まれて暮らしていても
そんなことは全然気にしませんでした。そしてルター派の人の集会が
あった時に自分の意見をしつこく話してその場にいた人全員を怒らせ
追い出されてしまいます。その後彼はドイツやフランスなどに行き、
20歳の時に「三位一体説の誤り」を出版しています。
「プトレマイオスの地理学」を出版した1535年はルターの宗教改革が
始まった1517年から18年後になります。ドイツでルター派の広がった
当時のことが書かれていますが、それ以降のことも予言しているよう
にも思いました。ドイツ人の性格や特徴を分析している中で、彼には
その後カトリックとプロテスタントの争いがますます激しくなることが
見えていたのかもしれません。さらに戦争では勇敢でも空腹や厳しい
仕事に対しては忍耐強くない、同じドイツ人には誠実でも他の国の
人間はだます、1度異端の説(ルター派)にかぶれれば話し合いより
も戦争で解決しようとするドイツ人気質が危ない、ナチスを生み出す
というところまでいかなくても、民族の気質と宗教的熱狂が結びついた
時に歴史が大きく変わり悲劇が生まれることを彼は見抜いて予言し
ていたのかもしれません。

