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上 ↑ <現場写真1>        下 ↓ <証拠写真2>

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 片側2車線の道路(国道50号線)に合流車線から侵入する際、教習所で習った通り、バックミラーで後方を確認しながら減速することなく本線に進入したら、一時停止しなかったから「道交法違反」と言われたのである。このことに納得できないからと、警察官に説明を求めても応えず、名前を訊ねても決して名乗らなかったので、用紙の右上に名前が見えたまだ何も書かれていない違反キップを、名刺代わりにもらおうとしたら、それが公務執行妨害」となり、違反切符が皺になったから「器物損壊」という容疑が付けられたのである。

 

 私は一切反社会的な行為などしていない。教習所で習った通りに運転していたら、警察がイチャモンを付けてきたのである。教習所で教えていることと違った《罠のような道路標識》を立てて反則金を奪い取ろうとする警察こそが、暴力団も顔負けなほど凶悪な公設暴力団そのものである。
 下野新聞の記事が掲載されていたのに気付いたのは、その日からおよそ1カ月も経ってからだった。なぜなら、この件で私は23日間にわたって足利警察署の留置場にぶち込まれていたからである。
 たったこれしきのことで、23日間も留置場に入れられていたのである。
 まあ、これに関しては、栃木県足利市という場所と、この地域に関する私の金融系・政治系(警察の裏事情)の知識が災いしたとも言えるのだけれど、後に、山梨県の法務局でこのことをちょこっと話したら「そんなこと言ったら、当然ですよ」と言われたものである。(だからと言って、あのような記事掲載と23日間留置はあり得ない。それとこれとは全く別問題である。)
 それよりなにより、現場で足利警察が私の車を押収し、留置場から出てきたら車に傷がつけられていたのに、「証拠がない」とシラを切ったのには、さすがに怒髪天を突いてしまった。
 そして、山梨に戻って、山梨県警の広報担当の清水さんに「足利警察に関する文書」を認め、証拠写真(上掲)を揃えて文句を言いに行ったら、「よその県のことだから、私は関わらない。この用紙は受け取らない」と言って、対応してくれなかったのである。
 この時以来、私は、警察を一切信用しなくなった。
 以来、「ウンコ警察」と呼ぶようにしている。

 

(その時以来、「足利警察署に関する文書」 は栃木県警に送ってもいないし、公にもしてこなかったけれど、これを機にインターネット上に掲載することにした。暇な人は、この記事も読んでみると、より詳細な状況が分かるでしょう)

 

 

 以上で、自己紹介を終わります。              以上

 

【追記】
 下野新聞に掲載された記事をコピーないしリンクして、私を貶めようとする方は、その記事のURLから本人を特定できますから、名誉棄損で訴えられる覚悟でやってください。
 今は消されているけれど、過去に掲載されていた新聞記事流用サイトのコピーとそのURLは全て控えてあり、本人特定も済んでいます。いずれ告訴状が届く可能性があります。