うぶすな神様とのご縁つなぎいたします:鎗田(やりた)聡子です。(*^_^*)



最近、幼い頃を振り返りながら
「今の私ができるまで」
を書いています。


第1話【出生編】福岡県(筑前の國)で生まれました。

第2話【幼少期】海と野山を駆け巡る日々。



前回の第2話では
私の幼少期の頃について
ふれましたが、
今日は小学生の頃のことを
メインに書いてみようと思います。




第1話の中で、私は
御朱印や御詠歌、お遍路さんなど
同居していた父方の祖母の
影響を色濃く受けたことを
書きました。


そしてその他に、もう一人
「今の私ができるまで」を
考えた時に
絶対に外せない
大事な存在の人
がいます。



それは、母方の祖父、
じいちゃんです。



私には祖父は、母の父しか
いませんでしたから、
私にはひとりしか居ない、
「大好きな 
おじいちゃん」

ありました。



takatoyama400
(写真はインターネット上からお借りしました)



母の実家は私の実家から
車で30分程の
高台の途中にありました。



私は孫の中では4番目に
生まれてきましたが、
祖父にとっては
「娘から生まれた最初の孫」
ということもあったのか
とっても、とっても
可愛がってもらいました。




私が母の実家に行くと、
玄関から上がるなり

「じいちゃん、来たよ~!」

と特等席である祖父の
「あぐら」の中に
駆け込んでいくのが常でした。




母の実家に行くたびに
祖父の後ろをついて周り、
お泊りした時は朝、裏山に
祖父と一緒に散歩に行くのが
何よりの楽しみでもありました。




実は、この祖父が趣味で
手相をみるような人でして、
私の手をみて

「聡子は
結婚が早いか遅いか、
どっちか極端やな~。

でも遅い方が
幸せになれそうやな~。」


と、よく言っていました。





それが呪縛になっていたのか、
鑑定が当たっていたのかは
わかりませんが、実際に私は
まだ学生だった20歳の頃に
結婚の話が持ちあがったことが
ありました。



学校を卒業して
1年くらい仕事をしたら
会社を辞めて結婚しよう・・・
という話もあったのですが
結局まとまらず、

仕事にも励み(?)
35歳で主人と結婚し、
今に至る・・・という
現実があります。(笑)






私が新入社員の頃は

「一年経ったら
結婚して会社を辞める!」


とか平気で本気で言っていた
失礼で迷惑な新人だったのに、

そのあと19年間も
同じ会社にお世話になり
続けていたという、全く
お恥ずかしいお話です。
(^^;)





おっと話を学童期に
戻しましょう。


この年代で、どうしても私が
自分史を語る上で外せない
自分にとっては
大きな忘れられない
エピソードが一つあるのです。




それは
小学5年生の時の
家出です。





それは、ある日、突然に
やってきました。



母と、ささいなことから
ケンカになり、

「そんなら家を出ていきなさい!」

「分かったよ、出ていくよ!!」

という事で午後4時頃だったのかな?



まさに『売り言葉に買い言葉』で、
深刻な話でも何でもなく、
まだ、まだ明るい時間に私は
ふらーっと家を出ました。



その時、何を持って出たのかも
記憶にありません。



途中でジュースくらい
買うお金は持っていたのかな?


その辺は全く記憶がないので
もしかしたら
手ぶらだったかもしれません。



とにかく、

「お母さんが
家を出ていって
良いっちいうんやけ、
出ていこう。

どこに行こうかね~。


あ! ( ̄▽ ̄)ニヤリ

そうだ、
じいちゃんの
ところに行こう!



良いこと思いついた!」



と、私は何だか
とっても嬉しくなって
祖父の家に向かって
ワクワクしながら
歩きはじめました





何だか長くなってしまったので
次回に続きます。(^^;)




第3話、おしまい。


第4話は、こちら★



最後まで読んでいただき
ありがとうございました。







良かったら、主人のことを
書いたシリーズもどうぞ。

「主人は占い師&合気道の先生です」