2人の母から教わること | 50代の「今を生きる」~Enjoy My Life* 日々の暮らしから~

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自分の身のまわりにある、小さな幸せにも気づけたら
大切に今を生きることにつながる。
いつかの為じゃなくて「今日」を生きる。
心理カウンセラーyukkie♪(ユッキー)が
50代になり、日々の暮らしのなかの小さなHappyをお届けしてます。

こんにちは。




週末には

入院している

義母の面会と


亡母の20回目の命日があり


病院とお墓参り。



いつも想っていますが

2人の母を特に身近に

感じる週末でした。



亡母ももう、21年経つのだなあ。

昔は(というか、つい最近まで)

61歳という若さでこの世を去ってしまったので、いきていれば何歳、

孫のこんなこともあんなことも

みせてあげたかったなあとか

一緒にこんなこと、あんなことも

やりたかったなあとか


思うことも多々ありましたが、


亡くなっても

魂は心の中にある


という言葉の真意が

ふと、自分のなかで感じる時があり、



あ、いま、一緒にみてくれてるな

あ、いま、そばにいてくれてるな




そう感じると同時に

母の存在は姿形だけではないこと。

自分のなかにいてくれてるなと

やっとやっと思える時が

少しでてきました。




そう考えると

20年は長いのか、短いのか

わかりません。





そして

義母の方は昨年春に入院してから

何度か危篤になり

再三主治医とも話を

その度にしていただき


コロナ禍で面会も制限

逢える時期も限られていて


それでも昨年秋に面会制限解除後は

逢って話せることに驚嘆し

喜びも束の間


1月の頭に面会に行ってから

再び面会ができなくなり

と、同時に別の病気も

みつかり、再び生死をさまよいました。


奇跡的に本当に奇跡的に

一命は取りとめましたが、

コロナ感染が増えていた時期で

面会できず。。。🥲



今回、6月からやっと

面会が再開され、

半年ぶりに逢えた義母は

もう声を出せない状態で

正直、私も夫も

ショックを隠しきれませんでした。



それでも生きていてくれること。

凄いことでしかなく、

私達にできることは

面会制限めいっぱい

逢える時に通って

まだ目は私達を追ってくれて

瞬きで会話をしてくれているので

意志は通じていると思います。


先日の主治医からのお話も

数値から行っても

奇跡としかいいようがない

という状態は

変わらなく、いつどうなっても、、

といわれると、この半年

義母の「生命力」で生きていてくれている

その力強さをみせてくれている

そんな気がしてなりません。



看護師さん曰く

嫌な時ははっきり

眉間にシワをよせて

固辞するので、

ご家族がいらっしゃるときは

とても穏やかな表情ですと

いつもとの違いを

伝えてくださりました。


そして最後に

また来るね!というと

「はい」と声を出してくれたときには

本当飛び上がって手を叩いて

しまいました。



通じていると!!




私の母も最期は

「もっと生きたい」と

いって、諦めない強さが

ありました。



弟と母が亡くなった日も

お葬式の日も

すこぶる暑い日で

お葬式に参列してくださった

方々の対応に追われて

弟が骨折したよねとか、

そんな話をしていて


見送るときまで、

本人はもちろんのこと

みんなが、必死の数年間だったこと。

話をしていて、思い出しました。


亡くなる時に

日本人は「ポックリがいい」と

いいますが、欧米では

それは少数派で、

お別れまで、しっかり向き合う時間を

求める人が多いそうです。


文化や考え方の違いも

あると思いますが

大切な人との向き合う時間は

どの人にとっても

本当にかけがえのない時間だと

つくづく、つくづく

思う夏です。