人間は10人いれば10色といわれるように
たとえ
感覚が似ているな~とおもっても
それはほんの一部で
「全部同じ」人は皆無で
「違い」のかたまり。
言ってみれば、違いだらけ(笑)
でもどうしてか
私たちは
どこか「同じ」であると
安心したり、好意を感じ得る
もちろん素直に
自分との違いを
いいなあ~と単純に好感をもったり
憧れとして、認識できる人もいる。
その(自分の価値観との)
「違い」というものを
どう扱うかで
本当に日々あちこちにあるであろう違和感を
「楽しめる」人と
「イライラにしてしまう」人が
いるように思える。
そう、違うって違和感なんですよね。
和と違んだから(笑)
「へ~自分とはそこは考え方が
違うんだな~」って眺めるだけにとどめるか。
「なんで違うのよ~」って理由を探しているようでそこは答えはでないので
(だって違うという事実だけだから)
余計エネルギーを使うと疲れるわけです。
自分とは違うものを「認識」するだけでいいのに
違うことを更に「認め合う」って
実はすごくすごく
ハードル高いことなんですね。
みとめることを
頑張ってしようとするから疲れる(苦笑)
嫌なものは嫌だし
違いがあることがわかったら
認められるようになるまでは
(自分がね)
ちょっと距離をおくとかね。
なんでもそうですけれど
自分に余裕があるときは
できる。
人の話もよくきける。
ないときはどうあがいても
無理(笑)
で、厄介なのが
無理なもんだから
頭で処理しようとしちゃう。
それは自分の身体にも無理をさせて
心にも疲弊をおこすので
やめたほうがいいのです。
一度、違いが嫌なんだな~って
そこに自分が気づくと
わりとストンときて
無駄にエネルギー使わなくていいです。
違いを認め合うことを目標にするより
次はそこに至れたらいいけどね。
まずは世の中、違うことだらけなんだって
「知る」ことからです。
そういうなかで生きているんだから
自分のなかで
違和感をかんじたら、
違和感そのものを認めてあげればいいし
そうこうするうちに
違いを楽しめたら、しめたものです(笑)
違いを認め合う世の中って
聞こえはいいけど
要はそれぞれがそれぞれで!
手を取り合えるとこは
やりたかったら率先してやる!
寛容な世の中を目指せたら
素敵ですよね💖