先日、受講生の皆様と一緒に
高野山で修行・・・というとびっくりですが
その高野山の別院が都内にあり
阿字観瞑想会とそのあとのお坊さんによる
茶話会に参加してきました。
弘法大師で名高い高野山
和歌山までいかずとも
その恩恵に都内であずかれるという。。。
もちろん、私たちは宗派のひとりではないので
本当にそのおひざ元に
寄らせてもらう、学ばせていただく・・・といった
感じではありますが
きっと昔はこうやってお寺というものが
人々の身近にあって
誰もが寺子屋として
話をしたり、きいたりする場だったんだろうなあ。
誰が言っても良し。
そして無料なんです。
受付もなし(笑)
100名くらいの人がいらしていたでしょうか。
面倒くさいからいちいちやらないそうです。
瞑想会も難しいものではなく
説明もわかりやすく、そして面白く。
ユーモアも交えながら、体験できます。
受講生たちも
呼吸法を一緒に学んだ仲間ですので
入り易かったと思います。
もちろん、その日は私も学ぶひとり。
人生、いろんな場所や人が師となり得ます。
学びの場はそこここにあり。
お坊さんのそのあとのお話もとてもよかったです。
「話の達人」とはこのこと。
難しいお話をいかに万人にわかりやすく
伝えられる人こそが
本当の達人だとおもいますが
まさに、そのようなお方です。
そして、いろんな視点といろんな入口と
こっちにいったかとおもえば
ちゃんと話が戻ってきて
そんな流れになっていくの?
道筋がないようで(笑)しっかりある。
きいているひとにしっかり「考える」余地を残し
余韻もしっかり漂わせて終了。
なんとも見事だな~と
今回は2回目だったのですが、
いつも感心させられるお坊さんのお話でした。
さすがです。
「深み」があります。
人は人から学ぶといいますが
AIが進んでいくこれからの世の中も
やっぱり最後は人から人への「伝承」のなかから
学んでいくんだろうなって思えるひとときでした。