かつていざこざがあり、二十年くらい絶縁し続けていた父親。




































去年、糖尿の悪化から腎臓を悪くし、透析になったと本人から手紙が届いた。
そして今年、がん(部位不明)なため、開腹手術を受けたという。
そんなある日、私にいとこのAから危篤の知らせが来た。
父親に会ってほしいA。
会いたくない私。
私はAに電話をかけなかった。
それから、3日。
夫の携帯電話に着信(☆)が!
(☆)両親一族からの電話は、夫が窓口になってくれていたので。
それはいとこのAからで、父の死を知らせる電話だった。
自分でも冷たいものだと思うが、生前、面会を望んでいた父親に会わずじまいとなったことを、悲しいとか寂しいなどとは全然感じなかった。
かといって、うれしいというほどでもない。
ただ、ほっとしたのだった。
もう、待ち伏せも押しかけもないのだなあと思って。
2019年のはじめ、父の手紙には「今年こそ会いに行く」と抱負が書いてあった。
もしかしたら、父は自分の体調から、もう長くはないと自覚していたのかもしれない。
途中、父の単身赴任や私の大学入学および東京での下宿があるのでベッタリ27年ではないが、長く親と暮らしてわかったことがある。
言葉は通じるけれども話が通じない…ということだ。
(クロマニヨンズの歌にもあったね)
なまじ言葉をしゃべるから、誠心誠意語ってわかってもらおうと何年も努力してきたけれど、全ては無駄、徒労に終わった。
なぜなら、親にとって娘は敷かれたレールの上を走るだけのコマであり、コマが意思を持って神たる親に意見するなど、とうてい認められなかったのである。
私は親との関わりから絶望を学んだ。
私と親との関係は、「死に目にも会わない」ほど歪んだものだったのだ。
ふつうならば、いつくしみ育んでくれた親の死は、子の心に大きなダメージを与えるという。
父を亡くした今、私の心は揺るがない。
親が死んでもノーダメージ。
それが、毒親育ちの、唯一と言ってもいいメリットだろう。
それでも、一般家庭で常識的に育ててこられなかった数多くのマイナスポイント…自尊心が育たず卑屈、自信が持てない、無気力、なにかと襲い来る希死念慮(消えたい気持ち)、親に似たら愛せないという恐怖から子供が持てなかったなど(★)、毒親育ちには余りあるデメリットが存在するのでオススメできない。
(★)あくまで私の場合。個人差があります。
子は親を選んで生まれてくる…
これは子育てにおける常套句だ。
幸せな家庭ではあてはまるのだろうが、私には信じられない。
選んで生まれてきたのなら、なぜ私はこんな両親の元に生まれてしまったのか。
選んで生まれてきたのなら、不倫のカップルに宿るのはなぜか。
選んで生まれてきたのなら、中学生や高校生を母に選ぶ説明がつかなかろうが。
奇妙に静かな心持ちで父の死を受けとめた私だったが、夫は修羅場を迎えていた…
(あと一回つづく予定)
